雑誌正論掲載論文

特集・共産主義の呪い 今も続く悪のネットワーク

2019年01月05日 03:00

評論家 江崎道朗 × 産経新聞論説顧問 齋藤勉 × 産経新聞外信部次長 矢板明夫
 月刊正論2月号

 江崎 私が『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』(PHP新書)、『日本占領と「敗戦革命」の危機』(同)、『日本は誰と戦ったのか』(KKベストセラーズ)などの著作でコミンテルンについて本格的に取りあげたきっかけからまずお話しします。平成5年に発足した細川護熙政権が日本の総理大臣として初めて大東亜戦争について「侵略戦争だ」と発言しました。終戦50年となる平成7年には国会で「謝罪決議」があって村山富市首相は「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました…ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」とする「村山談話」を出しました。

 あの当時を思い出して欲しいのですが「謝罪決議」に異を唱え「大東亜戦争は決して侵略戦争などではない」などと口にしただけで「日本は世界から孤立してはならない」などと批判される雰囲気がありました。月刊『正論』をはじめとする日本の保守論客だけが、日本だけを悪者に仕立てあげた東京裁判史観のおかしさを訴える状況だったのです。

 このとき私は国際法がご専門の青山学院大学の佐藤和男教授(当時)から「日本を侵略国家だとする東京裁判史観のおかしさは既に世界中の国際法学者から沢山だされている。歴史認識としてもおかしな話でアメリカの共和党系の方々が指摘している」というアドバイスをいただきました。それで、どんな議論があるのか、佐藤先生と一緒に研究を行い、『世界がさばく東京裁判』という本を書きました。

 確かに民主党のルーズベルト大統領に反対するアメリカ共和党の人たちはいわゆる「東京裁判史観」に疑義を呈しています。ルーズベルト米大統領がソ連と組んでアジアやヨーロッパをおかしくした、冷戦をもたらしたという批判でした。問題の元凶にはルーズベルトの対ソ融和外交があって、日本が一番の問題なのではないという文脈で、私はアメリカという国が必ずしも一枚岩でないと実感しました。

 2001年に訪米した際、保守系のシンクタンク「ヘリテージ財団」で意見交換をしていたら「われわれはルーズベルト外交の批判だけでなく、ルーズベルトのバックで暗躍していたソ連コミンテルンの方策を問題にしている。それは1995年、ヴェノナ文書として情報公開され今、全米で話題になっている。君はそれを知らないのか」と教えられたのです。 

 初めてヴェノナ文書の存在を知った私は帰国後、京都大学の中西輝政先生にその話をしましたが、先生はすでにご存じで、2010年にヴェノナ文書の解説本の翻訳を世に出されました。ヴェノナ研究に関わっていると、ソ連崩壊後も中国共産党がアメリカへの工作を絶え間なく仕掛けていることが浮かび上がってきます。

 特にブッシュ政権、クリントン政権時代のアメリカは世界貿易機関(WTO)への中国加盟を認め中国への恒久的な最恵国待遇(MFN)を供与する法案が可決されたりしていました。これらはどう考えても、アメリカの政権に中国共産党による影響力工作が及んでいるといわざるを得ない。ヴェノナ文書に記された出来事と同じことが、今日のアメリカでも日常的に繰り返され、アメリカの保守系から警鐘が鳴らされていました。共産主義による工作は決して過去の話ではなく現在進行形の話と見るべきで、今も継続的に仕掛けられている。そこを解明するためには、ルーズベルト政権へのコミンテルンによる工作を解明することが重要という問題意識がアメリカにはあるわけです。

 齋藤 共産主義が生まれて100年が過ぎました。2019年はコミンテルン結成からちょうど100年という節目で、共産主義が人類に何をもたらしたのか?は大きなテーマです。20世紀を戦争の世紀と捉える見方は広く存在し、一方で共産主義が戦争以上の災禍を人類にもたらしました。にも関わらず、そうした視点に立った検証は十分に進められたとはいえないと私は思っています。

 江崎さんのお仕事は、歴史の空白を埋めた意義あるものだと思っています。ルーズベルト時代がいかにコミンテルンによって毒されていたか、それを根底からえぐり出し、明るみに出された。日本でヴェノナ文書といってもまだあまりその存在についてすらよく知られていませんし、浸透しているとはいえません。本来ならば日本側ももっと積極的にコミットして解明すべき重要なテーマですが、それを江崎先生は著書を通じて見事にやってくれた。これは非常に大きな功績と思っています。

 私もルーズベルトについてはもっと研究されていいと考えています。日本の学校で彼は世界恐慌後の「ニューディール政策」を推進した大統領として習います。アメリカ経済を立て直した立役者、失業者対策や社会保障を充実させた手腕のある優れた大統領などと漠然と捉えている人も多い。しかし、では、彼の容共的な姿勢はどうだったのか。彼は共産主義を民主主義の一つのパターンと捉えたわけでしょう。それは共産主義の怖さを全然認識していないに等しく、実際、彼は無警戒でした。母方のデラノ一族が中国でアヘンを含む貿易を手広く手がけて財をなした影響もあって彼は中国に甘かった。一方で彼の日本に対する見方には憎悪や悪意がむき出しで驚きを禁じ得ません。戦後の共産主義の席巻が彼の容共的な姿勢、ソ連への無警戒に根ざしていて、彼の判断の誤りが果たしてアメリカはもちろん、世界に何をもたらしたのか、という検証はもっとなされていいと思うのです。

今も続く中国による影響力工作

 矢板 江崎さんからコミンテルン工作が中国共産党に引き継がれ、今も続いているという話がありました。私も中国の対米工作は現在進行形だと思います。11月に行われたアメリカの中間選挙では民主党が下院で過半数を獲得する結果に終わりましたが、舞台裏では中国の影響力工作が繰り広げられ、そのことに私達はもっと注意深くなったほうがいい。米中による貿易戦争が始まった3月以降、中国経済は大きな打撃を受けました。中国は表向き対策を取っていないように見えますが、実際には裏でさまざまな工作が絶え間なく仕掛けられていると考えるべきです。

 メキシコシティに「キャラバン」という移民団体があります。大量の中南米の移民がクリスマス前後にアメリカ国境に向かってなだれ込むのですが、そうした不法侵入を裏でけしかけている存在として中国の介在が指摘されています。もちろん法的には不法移民ですから絶対に入れてはいけない話ですが、大量の移民がなだれ込んでくれば、それだけでアメリカを揺さぶり、内政を混乱させる波乱要因、攪乱要因になり得るわけです。そこで対応に齟齬があれば、トランプ政権に批判が向けられ、窮地に立たされることだってある。そうしたプレッシャーを掛けることで中国はアメリカをかき回し米中貿易戦争につけいる隙を得ようと画策していると言われているのです。

続きは月刊正論2月号でお読みください

■ 江崎道朗氏 昭和37年、東京都出身。著書『日本は誰と戦ったのか コミンテルンの秘密工作を追及するアメリカ』で第1回アパ日本再興大賞を受賞。

■ 齋藤勉氏 昭和24年、埼玉県出身。産経新聞モスクワ特派員としてソ連崩壊を世界に先駆けてスクープした。ボーン・上田賞、新聞協会賞を受賞。

■ 矢板明夫氏 昭和47年、中国天津市生まれ。15歳のときに残留孤児2世として引き揚げ。産経新聞中国総局特派員を約10年務めた。