雑誌正論掲載論文
若き海上自衛官たちの悩み、そして奮闘 練習艦隊〝同行〟記
2018年10月15日 03:00
東海大学教授 山田吉彦 月刊正論11月号
日本を守る自衛隊では、指揮系統を担う幹部自衛官を養成するために、幹部候補生学校を設置している。陸上自衛隊は福岡県久留米市、海上自衛隊は広島県江田島、航空自衛隊は奈良県奈良市に置かれている。
その中でも旧日本帝国海軍の士官育成機関であった海軍兵学校の主要施設を継承する海上自衛隊幹部候補生学校は、その規律が最も厳しいと言われる。
海上自衛隊幹部候補生学校は、防衛大学校卒業者もしくは一般大学・大学院を卒業した学生、航空学生出身の飛行幹部候補生、海上自衛隊部内から選抜された「内部」と呼ばれる叩き上げからなる一般幹部候補生と、防衛医科大学校および一般の医科歯科大学出身者からなる医科歯科幹部候補生などの教育に当たっている。一般幹部候補生は1年間、医科歯科幹部候補生は6か月間の教育を受ける。
一般幹部候補生の人数は、200名弱。現在では、防衛大学校出身者よりも一般大学、大学院出身者の方の比率が高い。同期の連携を重んじる精神から防大出も一般大学出身者も混合した教育を行っている。また、一旦、民間企業への勤務を経てから幹部候補生学校に入学した者もいる。
幹部候補生たちは、厳しい教育訓練を終え卒業すると同時に士官である三等海尉に任官するが、その先にさらなる試練が待っている。任官したばかりの三等海尉は、卒業証書を授与されるとすぐに江田島の桟橋から沖に停泊している練習艦に乗り組み、長期の遠洋演習航海に旅立つのだ。洋上での実地訓練を行うとともに、他国の海軍との交流など国際感覚を身に付ける訓練を行う。
62回目になる平成30年度遠洋演習航海は、練習艦隊司令官泉博之海将補の指揮下、練習艦「かしま」(艦長・金子純一一等海佐)と護衛艦「まきなみ」(艦長・大日方孝行二等海佐)の2隻で構成され、総員約580名。その内、約190名が実習幹部といわれる「江田島」を卒業したばかりの練習生である。実習幹部は、かしまに約130名、まきなみに約60名が分乗し、途中、艦を交代しながら訓練航海を行う。
艦隊は、5月21日、海上自衛隊横須賀地方総監部の岸壁から小野寺五典防衛大臣の立会いのもと、延べ163日、総航程距離約5万8000キロ、世界一周の航海に向け出港した。艦隊の訪問国は、インドネシア、アラブ首長国連邦、バーレーン、サウジアラビア、スペイン、スウェーデン、フィンランド、英国、アメリカ、メキシコの10カ国、12の都市に寄港する予定だ。
筆者は、海上保安体制の研究者として、この練習艦隊に乗艦する機会を得た。その期間は、7月16日から29日。サウジアラビアで乗船し、スエズ運河を経てスペインのバルセロナ港まで、艦上にいた。主にかしまに乗船していたが、途中まきなみにヘリコプターで移乗し、5日間、乗艦した。かしま、まきなみも両艦の艦内では、訓練の視察の他、実習幹部に対し、各艦で2回ずつ、合計4回、国境問題と海賊対策に関する講義を行った。
7月16日、乗船地であるサウジアラビア・ジッダ港の外気温は、40度をはるかに上回っていた。めまいがするほど強い陽の光がふり注ぐ岸壁に、白地に赤く太陽と陽の光を描いた旗を棚引かせた船が2隻停泊していた。前述の練習艦「かしま」と護衛艦「まきなみ」である。横須賀を出港し56日が経過している。同じ港内には、混沌としたアラビア半島情勢を示すように、英国の戦艦とエジプトの戦艦が2隻停泊していた。
練習艦「かしま」の母港は呉。乗員は実習幹部も合わせ359名、基準排水量4050トン、全長143メートル、ディーゼルエンジン2基、ガスタービンエンジン2基を備え、艦内に教育施設として170名収容可能な講堂を持つ。毎年遠洋航海において諸外国を訪問することから、国家元首級の乗船、公式儀礼にも対応できる内装の特別公室もある。また、後部にあるヘリコプター甲板には、洋上レセプションを行うために引き込み式の天幕も準備されている。かしまの船内で食事を作る給養員は、ホテルのシェフ経験者も含まれ、世界の食材を使いこなしVIPの舌をも唸らせる料理のつわものたちである。まさに、かしまは、日本の海上自衛隊の国際的な顔となる艦船である。
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■ 山田吉彦氏 昭和37(1962)年生まれ。学習院大経済学部卒業。埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。専門は海洋安全保障など。第15回正論新風賞受賞。著書多数。