雑誌正論掲載論文

米中貿易戦争は中華〝人民元〟帝国の封じ込めだ

2018年08月25日 03:00

産経新聞特別記者 田村秀男 月刊正論9月号

 7月6日、米国トランプ政権が制裁関税を適用するや、中国の習近平政権はただちに報復関税で応酬、米中貿易戦争が始まった。習政権は、西側同盟国も対象にしているトランプ氏の「米国第一主義」の粗雑さを衝き、「保護主義=米国」「中国=自由貿易」とする国際宣伝工作にとりかかった。日本のメディアや識者の多くがまんまとそれに乗せられており、自由貿易至上主義の「バカの壁」を築く不見識ぶりにはあきれる。重視すべきは、カネと技術の両面で膨張する中国の脅威を抑え込むトランプ弾の威力だ。政府間協議で処理される米国と日欧の通商問題を、米中対立と同列視するのは愚かだ。

 対中貿易制裁というトランプ弾が習近平路線をなぜ直撃するのか。まずはグラフを見ていただこう。対米貿易黒字が中国人民銀行の資金発行を支えると同時に、それに連動して中国の軍事支出が拡大する関係を示す。意味するところは、米中貿易戦争を通じて、対米貿易黒字が大幅に減れば、中国の人民元金融制度は機能が大きく損なわれ、経済拡張が困難になり、軍事予算確保もおぼつかなくなる。以下、そのからくりを解き明かそう。

 中国金融は、流入する外貨、即ちドルを中央銀行の中国人民銀行が、指定する交換レートを基準に国有商業銀行など金融機関から全面的に買い上げ、人民元を発行、供給することで成り立つ。吸い上げた外貨は人民銀行の資産、または外貨準備となって蓄積される。先進国の中央銀行は通常、市場から国債など証券の買い上げを通じて、資金を発行・供給するのだが、中国の場合、外貨が主力買い上げ対象であり、極めて特異な制度だ。

 外貨の流入源は貿易黒字のほか、外資による対中直接投資、海外金融機関からの借金などだが、コンスタントに入ってくるのは貿易黒字、特に対米貿易黒字である。現在、米国の対中貿易赤字(中国にとっては対米黒字)は年間で3800億ドルに上り、中国の全貿易黒字4400億ドルの86%を占める。しかも、全対外取り引き(「国際収支」)の黒字は1200億ドルと大幅に下回る。

 トランプ政権は知的財産権侵害に対する制裁関税対象の輸入品総額500億ドル(第1弾は6日発動の340億ドル分)に続いて、2000億ドルの追加制裁リストを10日に発表した。トランプ氏はさらに3000億ドル分の対中輸入についても追加制裁すると示唆している。そうなると、合計で5500億ドルを対象にした対中輸入制限となり、対中輸入総額5200億ドルを上回る。トランプ政権からは、全対中輸入について高関税を適用し、対中貿易赤字3800億ドルを根こそぎなくす意図がうかがわれる。

 すると、中国の国際収支は大赤字に転落してしまい、現行の人民元金融制度は崩壊しかねない。人民元を大量発行して金融を量的に拡大し、人民銀行と同じく共産党の支配下にある国有商業銀行、国有企業そして地方政府の投融資によって不動産開発、インフラ投資を進める中国の経済発展モデルは機能不全に陥るだろう。

 そうなれば軍拡どころではなくなる。空母建造、先端兵器の購入はもとより、南シナ海の岩礁を占拠し、埋め立てて軍事基地を建設する一方、漁民を武装させて大船団を沖縄県尖閣諸島海域に押し掛けさせる作戦も、資金面で支障をきたすだろう。

 中国のハイテク開発もカネがものを言う。ホワイトハウスが6月19日に発表した「米国と世界の技術・知的財産を脅かす中国の経済侵略」と題した65ページの報告書は、中国の不公正慣行による甚大なる被害が米国ばかりでなく「世界」全体に及ぶとする観点に立っている。

 報告書は中国の「経済侵略」を5つの大きなカテゴリーに分けている。国内のメーカー・生産業者のための国内市場保護、天然資源の支配権確保、ハイテク産業における優位性の追求などだ。そして、サイバー攻撃による知的財産の窃盗や、主に中国でしか手に入らない主要原材料に対する外資のアクセス禁止など、中国政府がこれらの目標を達成するために導入した50余りの政策を摘出している。

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■ 田村秀男氏 昭和45(1970)年、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、日本経済新聞社に入社。経済部、ワシントン特派員、香港支局長などを歴任して退社。平成18(2006)年に産経新聞社へ入り、特別記者・編集委員となる。現在、論説委員を兼務する。