雑誌正論掲載論文

平和のイカサマ 最終決戦 トランプVS金正恩

2018年06月05日 03:00

麗澤大学特別教授 古森義久 × 麗澤大学客員教授 西岡力 月刊正論7月号

 古森 米朝首脳会談を前にした現段階で感じるのは、北朝鮮外交のいつものパターンです。『北朝鮮の交渉戦略』(チャック・ダウンズ著)という本は、北朝鮮の外交にはまず相手方を楽観させ、期待を持たせた上で次に幻滅させ、失望させておいて再び楽観に戻すという「楽観~幻滅~失望~楽観」のサイクルがあると指摘しています。同書はもう一つ、北朝鮮は実際の交渉が始まる前のプロセスで譲歩を勝ち取るのが非常に上手いとも指摘しています。

 いろいろなプロパガンダやデマゴーグ、北朝鮮に有利な情報が出回っていますが今、気になるのは北朝鮮の肩を持つような観測記事が出ていることです。5月3日に朝日新聞が朝刊1面トップで、北朝鮮が核全廃に応じる構えで、それもアメリカが求める方式で同意したとの記事をソウル発、米朝関係筋の話として書いていました。別の日本の朝鮮問題専門家は、北朝鮮が核の全廃を交渉の入口で表明したら、その段階でアメリカが経済制裁を緩和して経済援助もするのであり、核の実際の全廃はそれらが終わった出口でいい、という「出口論」を述べている。これは事実と異なりますが、まさに北朝鮮が望んでいることです。この記事の情報で危険なのは「トランプ政権もそれを容認している」と示唆していることです。その専門家の出口論も同様に、事実に反し、かつ危険なのです。北朝鮮の核保有を容認するわけですから。

 トランプ側は核の完全廃棄が明確にならない限り何もしない、との姿勢は明確です。それだけに私も、今回はもしかすると、北朝鮮が折れて、核を全廃するかもしれないと思っています。

 西岡 今後の見通しについては、私も同感です。アメリカの中にも旧オバマ政権の高官らの間では「北朝鮮を核保有国として認めてもいい」「核の廃棄は段階的でいい」などという議論がありました。しかし、トランプ大統領は人事で明確なメッセージを発しました。米朝首脳会談の開催が決まった後に、ポンペオCIA長官を国務長官に抜擢し、「北朝鮮の核廃棄はリビア方式で」と主張してきたジョン・ボルトン元国連大使を安全保障担当の大統領補佐官に登用したのです。トランプ政権は北朝鮮にだまされない、との強いメッセージを人事で打ち出したわけです。

 5月の連休中、私は拉致被害者の家族や国会議員と一緒に訪米しましたが、ボルトン氏や周辺の人たちは「トランプ大統領が最終的に決断するが、変な決断をしたら自分たちは辞表を出す」との立場でした。アメリカは中途半端な譲歩はしない、という強いメッセージを出している中で北朝鮮との米朝会談に向けた下交渉が続いているということは、北が折れるようなメッセージを発しているからか、と思われます。安倍首相がトランプ大統領と連携してこの1年、北朝鮮に対して圧力を最高度に高めてきた路線が奏功して、北朝鮮が折れてきたのかも知れません。

 そうした中で日本国内では「日本が蚊帳の外に置かれている」との声がかなり出ています。これは謀略でしょう。「蚊帳の外」などと言われると、日本にあせりが生じる。北朝鮮はそれに便乗して「日本は1億年たっても平壌には来られない」などと、譲歩を引き出そうとしてくるわけです。ここで日本側は絶対に譲歩してはいけません。

 古森 アメリカの状況について補足すると、従来からトランプ大統領のやることにすべて反対する勢力があるのですが、対北朝鮮政策に関してはトランプ叩きが目に見えて減っています。オバマ前政権の高官だったスーザン・ライスのような北の核を容認してきた人間も沈黙しています。トランプ政権の圧力路線の結果として北朝鮮に捕らわれていた3人の韓国系米国人が帰国し、その際にはトランプ自身もメラニア夫人やペンス副大統領らと一緒に空軍基地まで迎えに行った。これも米国人に大きくアピールしました。

 それでは、金正恩がなぜこれほど態度を変えたかといえば、経済制裁もさることながら、一言でいえば彼が感じた「恐怖」でしょう。米側の専門家たちの見方はこの一点で一致しています。

 西岡 昨年の10月ころからですが、アメリカは本当に斬首作戦を実行するのではないかと、金正恩は恐れていたのです。斬首作戦の前提となる自身の動静情報が米側に漏れているらしいと感じ、「側近にスパイがいるのではないか」と考えた。こうなると金正恩は誰も信用できず、側近を次々と要職から外して、妹の金与正を身辺警護の責任者にしたのです。そこまでアメリカは金正恩を追い込んでいました。

 その一つの契機は昨年9月23日夜のことで、グアムの基地から飛び立ったB1B戦略爆撃機が日本海海上の休戦ラインを越えて北朝鮮の元山沖まで行って演習をしたのです。爆撃機に向けてレーダー波は飛ばされず、北朝鮮空軍によるスクランブルもありませんでした。その事実を、米軍は意図的に公表しました。「いつでも気づかれずに爆撃機を送り込めるぞ」という心理戦です。これで平壌はパニックになったそうです。北朝鮮のレーダーでは、B1Bを察知できなかった。

 9月15日まで日本列島を飛び越えるミサイルの発射などを続けていた北朝鮮は、爆撃機の一件があってパタッと動きを止めました。11月29日に火星15号ミサイルをロフテッド(高く打ち上げる)軌道で日本海に落としましたが、日本を越えて太平洋には落とさなかったでしょう。日本を飛び越えて撃った場合には米軍が迎撃して戦争になるかも知れない、アメリカに攻撃の口実を与えたら殺される、と考えてのことです。

続きは正論7月号でお読みください

■ 古森義久氏 昭和16(1941)年生まれ。慶応大学卒業。毎日新聞社ワシントン特派員などを経て、産経新聞社ワシントン支局長、中国総局長などを歴任。現在、ワシントン駐在客員特派員。『トランプは中国の膨張を許さない!』など著書多数。

■ 西岡力氏 昭和31(1956)年生まれ。国際基督教大学卒業。東京基督教大学教授などを歴任。第30回正論大賞受賞。北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)会長。『朝日新聞「日本人への大罪」』など著書多数。