雑誌正論掲載論文

シリア攻撃 揺れる世界 第3次大戦になっても日本は何もしないのか

2018年05月15日 03:00

評論家 潮匡人 月刊正論6月号

 四月十三日、米英仏軍が「アサド政権(シリア)の化学兵器関連施設」(3か所)に軍事攻撃を敢行した。巡航ミサイル「トマホーク」が使用された昨年のシリア攻撃と比べて「約二倍の兵器」(マティス米国防長官)が投入されたという。アサド政権の後ろ盾となっているロシアは強く非難しており今後、米ロ対立が深まるおそれが高い。展開によっては第二次東西冷戦や第三次世界大戦に至る危険性もはらむ。今回の攻撃が朝鮮半島情勢に与える影響も無視できない。

 アメリカは「シリアのアサド政権が東グータ地区で四月七日に猛毒のサリンと有毒の塩素ガス(ともに化学兵器)を使用した」と断定し、その関連施設とみなした場所への軍事攻撃を実行した。フランス政府も「現場の証言や動画を分析した結果、被害者には化学兵器で引き起こされる呼吸困難や火傷などの特徴的な症状が見られる」「アサド政権による攻撃以外には考えられない」と結論づけた報告書を四月十四日に発表した。

 イギリスのメイ首相も、使用された爆弾の種類や、アサド政権側のヘリが上空を飛んでいた経緯を指摘し「こうした攻撃はアサド政権以外、行うことはできない」と明言。加えて今年三月イギリスで発生した、神経剤(化学兵器)を使用した元ロシア人スパイ暗殺未遂事件に触れ「化学兵器の使用には懲罰が伴うということを明確にするため」と攻撃の目的を語り、ロシアを牽制した。

 他方、アサド政権は「攻撃されたのは医薬品の研究施設だった」と主張し、今なお化学兵器の使用も、所有も否定している。

 昨二〇一七年の米軍によるシリア攻撃を巡っても、米ロの主張は平行線を辿った。米国は「シリア政府がサリンによる化学兵器攻撃を実施した」と主張したが、ロシア政府は「空爆地点に貯蔵されていた反体制派が保有する化学兵器に誘爆して、化学被害が発生した」と主張した。同年四月、OPCW(化学兵器禁止機関)が、犠牲者から採取したサンプルを分析した結果として「サリンまたはサリンに似た物質への暴露を示している」と明記した報告書を公表したが、今年も同様の展開となるのだろうか。

 化学兵器に加え、攻撃作戦の成否を巡る認識も両者で食い違う。攻撃した側は「作戦は成功した」と胸を張り、「完璧で正確に実施された」(トランプ大統領のツイート)と豪語する。他方、シリアやロシアは「迎撃した」と主張する。

 シリア国営メディアは四月十四日「シリア側の防空システムが作動し、ミサイル13発を撃ち落とした」と主張。「中部ホムス近郊でも軍事施設を狙ったミサイル攻撃があったが、施設への被害は回避された」とも伝えた。同日の会見でロシア軍参謀本部のルツコイ作戦総局長が「シリア軍は旧ソビエト製の防空システムで対応し、103発のうち71発の迎撃に成功した」と述べている。

 他方、米国防総省は記者会見で「標的の攻撃に成功した」(ホワイト報道官・四月十四日)と明言。ミサイルはいずれも3か所の標的に命中し、アサド政権の化学兵器の能力に深刻な打撃を与えたと主張する。市民に被害が及んだ情報もないという。米軍の艦艇やB1などの爆撃機、電子戦機に加え、英仏両軍の艦艇や戦闘機も参加、巡航ミサイル「トマホーク」や、爆撃機から発射する長距離ステルス巡航ミサイルJASSMなど105発で攻撃したという。国防総省によると、計105発のミサイルすべてが着弾。首都ダマスカス近郊の化学兵器の研究施設に76発が着弾。中部ホムス西郊の化学兵器貯蔵施設に22発が着弾。ホムスにある化学兵器の装備貯蔵施設などに7発が着弾したという。

 加えて「ミサイルを迎撃した」とするシリア側の主張についても「シリアの基地から地対空ミサイル40発が発射されたが、いずれも米軍の攻撃後の発射であり、その効果はなかった」と完全否定した。

 果たして、真相はどうか。四月十六日時点の情報では、いずれとも断定できないが、「旧ソビエト製の防空システムで対応し、103発のうち71発を迎撃する」のは軍事的に不可能ないし極めて困難ではないだろうか。もし事実、約7割の迎撃に成功したのなら、その主体はシリア軍ではなく、シリアに展開していたロシア軍ではないだろうか。他方で、シリア軍が「13発を撃ち落とした」可能性なら否定できない。一割程度の迎撃なら、あり得る。

 真相は藪の中かもしれないが、具体的な迎撃率が明らかになる可能性も残る。米軍の主張が事実なのか、それともシリアか、あるいはロシアか。その答えは、北朝鮮の金正恩委員長の認識と朝鮮半島情勢に直接かつ重大な影響を及ぼす。

 例えば、今回の攻撃で投入された米軍のB1爆撃機は、朝鮮半島周辺で飛行するたび、北朝鮮が強く反発してきた。半島周辺で実施された航空自衛隊と米空軍の共同訓練にも参加した。超音速の低空飛行が可能で、敵のレーダーに探知されにくい。同機(搭載ミサイル)が果たした成果いかんは、朝鮮半島情勢に直結する。

 巡航ミサイル「トマホーク」の命中率も今後、検証されるであろうが、昨年のシリア攻撃の際、実は命中したトマホークは少ないとの指摘もある。その命中率が気になる。

 近い将来、北朝鮮に対して今回と同様の航空攻撃が実施されると仮定した場合、以上の数字は、その際の北朝鮮による迎撃率や米軍ミサイルの命中率に直結する。今後、(今回発射された)JASSMミサイルを導入する航空自衛隊にとっても注目すべき数字となろう。

続きは正論6月号でお読みください

■ 潮匡人氏 昭和35(1960)年生まれ。早稲田大法学部卒。旧防衛庁・航空自衛隊入隊後、早大大学院法学研究科博士前期課程修了。3等空佐で退官。帝京大准教授など歴任。著書に『誰も知らない憲法9条』など。