雑誌正論掲載論文

新たなる皇帝の誕生… 習独裁の陰に粛清あり 繰り広げられる権力闘争

2018年04月25日 03:00

ノンフィクション作家 河添恵子 月刊正論5月号

 南北融和の演出など、政治色が前面に出た五輪期間中、存在感が極めて薄かったのが中国、そして習近平国家主席だった。その沈黙を破るようなニュースが、五輪閉幕式当日の二月二十五日、中国国営新華社通信によって報じられた。中国共産党中央委員会が、国家主席・副主席の任期を連続二期十年までとする「三選禁止規定」を撤廃する憲法改正案を、三月開幕の全国人民代表大会(全人代=国会)に提出するというのだ。

 同月十一日に採決が行われ、九九・八%の賛成(棄権と反対がわずか五票)で可決された憲法改正案は、習主席への忠誠を誓うか否かを表明する、いわば「踏み絵」だった。反対すれば粛清の対象になりかねないとすれば、出世への野心を抱く次世代には面従腹背しか残された道がない。もしくは国外逃亡か。

 非党員も含む全公職者の汚職を取締まる「国家監察委員会」の新設も決まるが、これが習独裁という名の恐怖政治を進める上での〝公器〟となる。

 反共産党系の中国メディアには、「習近平は奪権(権力を奪う)、固権(権力固め)、拡権(権力の拡大)を目指す。太子党の中でも超大物幹部の子女や孫が、全国人民代表大会や中国人民政治協商会議全国委員のメンバーから次々と落選」などの内容が踊る。

 リストから毛沢東の孫・毛新宇、鄧小平の次女・鄧楠、陳雲(八大長老の一人)の息子・陳元、李先念(元国家主席)の娘・李小林、江沢民の妹・江沢慧と甥の呉志明、朱鎔基(元首相・元政治局常務委員)の娘・朱燕来、万里(元全人代常務委員会委員長)の息子・万季飛などの名前が消えた。

 年齢の問題や、一、二期務めて代表を外れるケースも珍しくはない。だから単純に「粛清」とは言えない。ただ、灰色・黒色ビジネスで巨万の富を築いてきた〝紅二代〟とその子女らが今後、自身(習主席)の立場を脅かす危険分子になると警戒してもおかしくはない。

 とすれば過去五年、すなわち第一次習政権で〝無力化〟できなかった敵対勢力、江沢民派のみならず、それ以外の幹部の子女らを含めて根絶やしにするつもりなのかもしれない。

 長年、金融界の大物に位置づけられてきた一人が八大長老陳雲の息子、国家開発銀行の元董事長の陳元である。今回、リストから外れた彼は、習近平の国家主席への就任を阻止すべく画策し、失敗した薄熙来(終身刑)の金庫番でもあった。今後は大丈夫なのか。

 鄧小平一族も、ご安泰ではなさそうだ。創業から十四年で総資産二兆元(約三十四兆円)の金融グループになった安邦保険集団の創業者、呉小暉会長が詐欺罪で訴追されることが二月に報じられた。昨年六月に拘束された呉小暉は鄧楠の娘婿(すでに離婚)である。つまり鄧小平を義祖父に持つ人物だった。

 安邦は二〇一四年、ニューヨークのシンボル的ホテル、ウォルドーフ・アストリア買収で合意したことから、ウォール街を驚愕させ、以来、呉小暉の素性と併せて、世界的に注目される存在となった。

 だが、その呉小暉はすでに会長職を解かれており、中国保険監督管理委員会(保監会)を中心に、中国人民銀行と中国銀行業監督管理委員会、中国証券監督管理委員会などが今後、安邦の経営権を握るという。

 すなわち〝縁故資本主義〟という超特権ビジネスで、国内外において暴利を得てきた紅二代、官二代とその周囲は、習政権の「反腐敗運動」というお題目で、丸裸にされるか刑務所送りとなる危機にある。

 しかも、鄧小平の義孫だった呉小暉を巡るこの事件には、別の意味も隠されている。米中貿易戦争を仕掛けてきた、トランプ政権へのカウンターパンチである。呉小暉は、トランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナーと、ニューヨーク最高級老舗ホテルの中華レストランで、二〇一六年十一月、トランプ大統領の当選を祝い、密談していたことが報じられている。それ以前から、クシュナーの事業に対する資金援助についても話し合っていたとされる、その人物が習政権に〝御用〟となったのだ。

 英語圏で人気のセレブ向け社交雑誌『ヴァニティ・フェア(Vanity Fair)』は、大統領上級顧問であるクシュナーについて、「中国スパイたちのターゲットになっている?(Been Targeted by Chinese Spies?)」という見出しの記事を発表した。同記事において、中国スパイ「たち」は、呉小暉のみならず、私が数年前から拙著や本誌などでも指摘してきたFOXテレビ会長の元妻、ウェンディ・デン(本名:鄧文革)を指している。

 ロシアゲート、チャイナゲートに揺れるクシュナー上級顧問が、ホワイトハウスの最高機密情報へのアクセス資格を失ったことも最近、報じられたばかりだ。

 その一方で、北京からは「この一カ月ほど、習近平は震え上がっていた」という情報も漏れ伝わっていた。トランプ政権が一月に発表した「国家防衛戦略」(National Defense Strategy)の内容に驚愕したというのだ。同戦略は、習主席の中国を米国の優位を覆そうとする「ライバル強国」の第一に掲げ、中国やロシアとの「長期的かつ戦略的な競争」が、テロとの戦いに代わる米国の最重要懸案であると強調していた。すなわち、「米中露の新冷戦時代」の幕開けを意味した。

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■ 河添恵子氏 昭和38(1963)年生まれ。名古屋市立女子短期大学を卒業。北京外国語学院、遼寧師範大学へ留学後、作家活動を開始。主に中国問題、台湾問題を中心に取材を続ける。著書多数、最新の共著『中国・中国人の品性』(WAC BUNKO)も好評。