雑誌正論掲載論文

金正恩の「微笑」に、だまされるな! 日本に求められる4つの「べからず」

2018年04月05日 03:00

防衛大学校教授 神谷万丈 月刊正論5月号

 3月上旬以来、北朝鮮をめぐる情勢の展開が、にわかに慌ただしさを増している。4月末に南北首脳会談が開かれることになったばかりか、5月には初の米朝首脳会談が行われる見通しが強まったことを受けて、韓国の『聯合ニュース』(3月9日)は、「北朝鮮による核・ミサイル挑発で一触即発の緊張状態にあった朝鮮半島情勢は急転し対話の局面を迎えることになった」と述べた。だが、こうした楽観的な見方は国際社会ではむしろ少数派だ。英国のBBC(3月11日)は、これら二つの首脳会談は、米韓にとって、「心を読みとることが難しい共産主義国家との大バクチ」であるという。ブッシュ政権下で国家安全保障会議(NSC)アジア担当部長や6ヵ国協議の次席代表などを務め、一時はトランプ政権の駐韓大使に事実上内定していたヴィクター・チャ米ジョージタウン大学教授も、『ニューヨーク・タイムズ』への寄稿(3月9日)の冒頭、米朝首脳会談について、トランプと金正恩という二人の「型破りな指導者の間の会談の予測不可能性が、何十年にもわたる紛争を終わらせる無二の機会を提供する」一方、会談の失敗は米朝を「戦争の瀬戸際」に追いやる可能性があると警鐘を鳴らしている。さらに悲観的な見方を示す専門家も少なくない。たとえば、アトランティック・カウンシルのシニア・フェローで東アジアの国際問題に詳しいジェイミー・メッツルは、米国の政治専門紙『ザ・ヒル』への寄稿(3月12日)で、「金正恩は核兵器をあきらめる気は全くない」と断じた上で、ドナルド・トランプ米大統領が米朝首脳会談に応じることを即決し」たのは「事態を悪化させるだけの、思慮の足りない、性急な、無謀な動き」である可能性が高いと警告している。

 このようにメディアや専門家の見方が分かれるということが、状況がいかに見通しのつけにくいものであるのかを如実に示している。これから先何が起こるのかは、北朝鮮次第のところが大きいからだ。しかも、本稿執筆中にはレックス・ティラーソン米国務長官の突然の解任が発表され、ハーバート・マクマスター国家安全保障問題担当大統領補佐官の解任も計画されていると報じられるなど、北朝鮮をめぐる情勢は、混迷の度合いをさらに増している。

 この複雑な状況に、日本はどう向き合っていくべきなのか。冷戦後の日朝関係の展開をみると、日本は、「国体護持」に汲汲として苦しんでいるはずの北朝鮮に翻弄され、欺かれ続けてきた。安倍晋三政権下でも、2014年7月に、日本政府は、北が日朝外務省局長級協議で拉致問題について従来はみられなかった踏み込んだ姿勢を示したとして北朝鮮に独自に科してきた制裁の一部を解除したことがあるが、拉致問題再調査の約束は結局は反故にされてしまった。こうした失敗を繰り返さないために、一体何が必要なのか。本稿では、日本が今こそ対北朝鮮政策で心すべきこととして、(1)北の変化を過大評価すべからず、(2)北の過去の行動を忘るべからず、(3)核・ミサイル問題の「解決」を急ぐべからず、(4)抑止と圧力を緩めるべからず、の四点を挙げて論じたい。

①北の変化を過大評価すべからず

 まず問題になるのは、最近北朝鮮がみせ始めた対話路線を、どう評価するかということだ。

 北朝鮮の最高指導者が、南北首脳会談のために初めて韓国側に足を踏み入れる。それは確かに画期的だ。自らの核兵器を議題とする交渉には絶対に応じないとの姿勢をとり続けてきた北朝鮮が、非核化を含む協議のために米国と対話する用意があると表明した。刮目すべき変化に違いない。金正恩体制発足以来6年間に4度の核実験を繰り返し、昨年1年だけで15回も弾道ミサイルを発射した北朝鮮が、対話が続く間は核実験もミサイル発射も凍結するという。好ましい態度変化といってよかろう。昨年11月の「火星15」の発射により大陸間弾道ミサイル(ICBM)が完成したとし、金正恩朝鮮労働党委員長が「国家核武力完成の歴史的大業、ロケット強国偉業が実現されたと矜持高く宣布」したばかりの北朝鮮が、「軍事的な脅威が解消されて体制の安全が保障されるならば、核を保有する理由はない」、「非核化の目標は先代の遺訓」と言い始めた。それも決して悪いことではない。

 にもかかわらず、北が「非核化に向けた意思を明確にした」(韓国文在寅政権)とみるのは早計だ。昨年来、北が何をしてきたかを思い出してほしい。3月の新型高出力ミサイルエンジンの燃焼実験の成功に始まり、7月には初のICBM「火星14」を2度にわたり発射。このうち最初の発射は、米国の独立記念日である7月4日に行われた。朝鮮中央通信(7月5日)は、金正恩がこれを米国への「贈り物の包み」と呼び、発射に立ち会った将校、科学者、技術者らに、「今後も大小の『贈り物包み』を米国の野郎どもに頻繁に送ろう」と呼びかけたことを伝えた。これに続き、北朝鮮は、8月から9月にかけ中距離弾道ミサイル「火星12」を2度にわたり発射して北海道上空を通過させ、その間9月3日には6度目の核実験を行い水爆実験に成功したと主張。さらに、11月29日には米国全土を初めて射程に収めたとされるICBM「火星15」が発射され、同日の政府声明は、金正恩体制下で推進されてきた「(核開発と経済建設との)並進路線を忠誠を尽くして微塵の揺らぎもなく支えてきた偉大で英雄的な朝鮮人民が獲得した千金の値打ちのある勝利」だとしてこれを称揚した。金正恩は、12月12日に平壌で行った演説の中で、北朝鮮を「世界最強の核強国、軍事強国」にするとの決意を表明している。

 かくして、北朝鮮の核とミサイルの脅威は、特に日米にとって著しく増大した。

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■ 神谷万丈氏 昭和36(1961)年生まれ。東京大学教養学部卒業。米コロンビア大学大学院(フルブライト奨学生)を経て、平成4年防衛大学校助手。平成16年より現職。現在、日本国際フォーラム理事・上席研究員、日本国際問題研究所客員研究員。専門は国際政治学、安全保障論、国家戦略論、日米同盟論。編著書に『新訂第4版 安全保障学入門』(亜紀書房)など。