雑誌正論掲載論文

北の漂着船の正体… 本物の工作船は、こう侵入してくる

2018年03月25日 03:00

軍事ジャーナリスト 惠谷治 月刊正論4月号

 昨年、北朝鮮から大量の小型船が日本海沿岸各地に漂着し、マスコミを賑わしたが、漂着事件は今年に入っても続いている。

 すでに報じられているが、改めて海上保安庁が確認している過去5年の年間「木造船等漂流・漂着」数を見てみると、80隻(2013年)、65隻(2014年)、45隻(2015年)、66隻(2016年)、104隻(2017年)で、昨年は過去最高件数となっている。昨年の月別件数は、1月から10月まで毎月5隻以下だったのに対し、11月に入ると28隻に増加、12月は2015年の年間件数と同じ45隻と激増している。

 こうした大量の漂着船のなかに北朝鮮の工作船が混ざっており、工作員が侵入しているのではないかといった解説があり、日本海沿岸各地の住民に不安を与えている。

 果たして、漂流・漂着船のなかに工作員を乗せた工作船が紛れ込んでいるのだろうか。

 端的に言って、答えは「否」である。

 もちろん、そうした可能性を100%否定はできないものの、99%はあり得ないと筆者は考える。

 海上保安庁は、北朝鮮の大型鋼鉄漁船と区別するためか、小型漁船を「木造船」と呼称している。日本や韓国の小型漁船はFRP(繊維強化プラスチック製)がほとんどで、「木造船」と言えば今や北朝鮮の漁船ぐらいしかないからだろう。しかし、北朝鮮の小型漁船に関して重要なのは、木製ということではなく船体構造である。

 北朝鮮の木造船は「平底船」であり、言うならば「川舟」なのである。海を航行する船舶の船底は、波を越えるのに適したV字形になっているのが一般的であるが、「平底船」はその名の通り船底は平らなので、3mほどの波高で簡単に転覆しまい、外洋に出るのは危険である。平底船は河川での運送や川釣り、せいぜい近海で漁ができる程度の船である。

「日本に漂流、漂着した北朝鮮の小型船で、平底船以外の船を見たことがありません」

 海保の幹部は、私に断言した。

 資金や資材が不足している北朝鮮では、船底がV字形の複雑な構造の木造船を造る余裕がなく、「木造船」はすべて構造が簡単で安価な「平底船」なのである。

 全長10m前後の「平底船(川舟)」に30馬力ほどのエンジンを積んでいるが、ほとんどは通信機器を備えていない。燃料の予備タンクがなければ、航続距離は50㎞からせいぜい100㎞程度で、500㎞ほどの日本海中央部まで、単独で航行することは不可能である。

 北朝鮮の工作機関が日本浸透作戦に、このような平底船を工作船として使用するなどあり得ない。北朝鮮の小型漁船は、航続距離が短く凌波性能が低い平底船であることを知っておくべきである。

 では、北朝鮮の工作船による対日浸透作戦は、どのようなものなのか、脱北者の証言を基に簡単に説明してみよう。

 かつての朝鮮労働党作戦部は、韓国の西海岸、南海岸、東海岸、そして日本沿岸と作戦地域を4つに分け、対日工作は北朝鮮北東部にある「清津連絡所」が担当していた。

 北朝鮮を出港する党作戦部所属の工作船は「工作母船」と呼ばれ、船体全長40m前後の工作母船の後部に、全長10m前後の「組立式工作子船」を格納して、「3段階浸透作戦」を展開してきた。工作子船は木造であるが、船底は平底ではなくV字形となっており、300馬力エンジンを3基も搭載しており、巡視船の追跡を振り切ることができるものだった。

 浸透作戦第1段階は、工作母船が数日かけて日本海を越え、日本の領海線(沿岸から22㎞)付近まで接近して停船すると、工作母船は定位置に到着したことを、短波暗号無線で清津連絡所に報告する。

 次の第2段階で、停泊した工作母船は船尾の扉を開き、後部格納庫に海水を流入させ、工作子船を海面に押し出す。格納庫の高さに制限があるため、小型漁船に偽装する工作子船は、洋上で操舵室の壁面やマスト、集魚灯などを組み立てる。工作子船には、戦闘員と呼ばれる操船要員の子船組(3人)、上陸地点の地形や情報に詳しい案内組(2人)、そして侵入工作員が乗船する。戦闘員と工作員は身分が違い、厳格に区別されている。

 潜入工作員を乗せた工作子船は、上陸予定地点の目印(灯台や奇岩など)に向かって接近しながら、酸素ボンベの圧縮空気でゴムボートを膨らませる。工作子船が上陸地点の沖合500m付近に達すると、トランシーバー(ウォーキートーキー)で工作母船に到着を知らせる。

 ここから第3段階となり、ゴムボートを海面に降ろし、船外機を設置する。案内組と潜入工作員がゴムボートに乗り移ると、案内員がオールを漕いで静かに海岸に接近する。

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■ 惠谷治氏 昭和24(1949)年、東京生まれの尾道育ち。早稲田大学法学部卒業後、ジャーナリストとして活動。民族紛争、軍事情報に精通し、北朝鮮問題に関する緻密で正確な分析は高く評価されている。かわぐちかいじ作の漫画「空母いぶき」の軍事分野の監修も務める。