雑誌正論掲載論文
迫る半島有事を前にして… 長距離巡航ミサイルは「専守防衛」に反する?
2018年02月25日 03:00
元空将 織田邦男 月刊正論3月号
昨年12月26日、政府は平成30年度予算政府案を閣議決定した。注目を集めているのが、戦闘機に搭載する長射程ミサイルの導入である。F35に搭載する射程約500㎞で対艦と対地両方に使えるノルウェー製の「JSM: Joint Strike Missile」、F15などに搭載する対地攻撃用の「JASSM: Joint Air-to-Surface Standoff Missile」、そして対艦用だが対地攻撃も使える「LRASM: Long Range Anti-Ship Missile」の3種である。JASSMとLRASMは共に米国製であり射程が約900㎞ある。日本海から発射して北朝鮮に十分届くことからメディアと野党は一斉に反発した。
曰く「防衛省は中国の海洋進出を念頭に離島防衛を強化すると説明する。だが、尖閣諸島は沖縄から約400キロで米国製の能力は飛び抜けている」(毎日新聞)
「これほど長射程のミサイルがイージス艦防護や離島防衛に不可欠とは言えない。長距離巡航ミサイルの導入は、専守防衛の枠を超えると言うほかない」(朝日新聞)
「日本の領空から発射しても、朝鮮半島内陸部まで射程圏内に収める能力がある以上、海の向こうの敵基地攻撃にも使うのではないかと勘繰られても仕方があるまい」(東京新聞)
「専守防衛に関わる重大な政策変更の可能性をはらむ新装備の導入としては、唐突な印象を拭えません」(NHK時論公論)
また立憲民主党の枝野幸男代表は、「専守防衛の則を超える可能性は否定できない」「にわかに納得できない。年明けの通常国会で、相当大きな争点になる」と述べた。
これに対し政府は、「敵の射程外から脅威を排除し、安全に作戦を行うため」「離島に敵の艦船や上陸部隊が侵攻してきた場合の対処や、弾道ミサイルを警戒中のイージス艦の防護のため」と説明し、小野寺五典防衛大臣は、「長距離巡航ミサイルの導入は、敵基地攻撃を目的としておらず、専守防衛に反しない」と述べている。
報道を見る限り、「敵基地攻撃」「長距離巡航ミサイル」「専守防衛」など正確な知識を欠いたまま言葉だけが独り歩きしているようだ。
反発の核心は、射程が長く、しかも精密攻撃能力があることであり、それが専守防衛に反するというものである。だが現在の自衛隊でも、平壌を攻撃できる「長距離精密攻撃能力」を持っていることを知った上での反発なのだろうか。だとしたらダブルスタンダードの誹りは免れない。
自衛隊が現に保有する精密誘導弾をF2戦闘機に搭載し、空中給油機を随伴させれば、能力的には地球の裏側でも精密攻撃ができる。そもそも能力を持っているということと、使用するということは違う。また物理的な可能性と作戦として可能性は別次元の話だ。長距離精密攻撃能力がイコール「敵基地攻撃能力」かというと、それは全く違うのだ。また長距離精密攻撃能力それ自体が専守防衛と矛盾するというのは短絡的で誤認識も甚だしい。
過去、精密攻撃能力については、F4ファントム戦闘機導入時、航続距離が長い戦闘爆撃機ということで、今回同様、問題になったことがある。政府は専守防衛に反するとした野党の主張に配慮し、爆撃計算機を外して導入した。莫大な費用をかけて能力を下げた上で兵器を導入するのは国際的には非常識であり、世界の笑いものになった。後のF4能力向上事業で爆撃計算機を再装備している。
その後、軍事様相の進展に伴い、爆撃計算機だけでは精密性に劣るということで、通常爆弾にGPS/INS誘導装置を付加した精密誘導爆弾(JDAM GBU-38/B)を導入し、ピンポイント攻撃を可能にした。更にはセミ・アクティブ・レーザー・ホーミング誘導(SALH)方式を追加した精密誘導爆弾(レーザーJDAM GBU-54)も追加導入している。これらの兵器は日本に上陸した敵部隊を撃退するには欠かせないものであり、とっくの昔に装備化されている。既に長距離精密爆撃能力を有しているにも拘わらず、今回導入しようとする長射程ミサイルについて「ミサイルの射程が長いから専守防衛とは矛盾している」という主張は、それ自体が「矛盾して」おり、現状認識が甘いと言わざるを得ない。
占領された島嶼を取り返すためには、上陸した敵部隊の防空網を突破して上陸部隊を攻撃しなければならない。中国が導入したロシア製の地対空ミサイルシステムS−400の射程は約400㎞である。島嶼を占領した敵部隊がS−400を配備した場合、400㎞以遠から攻撃しなければ自衛隊は甚大な被害を受ける可能性が高い。現在保有する精密誘導爆弾だけで上陸部隊を撃退するとなれば、それは「特攻隊」に近い。敵より長射程のミサイルで乗員の安全を確保しつつ、艦艇や上陸部隊を航空機から効果的に攻撃できる能力を「スタンドオフ能力」という。スタンドオフ能力は国民や乗員の被害を局限しなければならない専守防衛だからこそ必要なのだ。
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■ 織田邦男氏 昭和27(1952)年生まれ。防衛大学校卒業。航空自衛隊入隊。米スタンフォード大学客員研究員、航空幕僚監部防衛部長などを経て空将。平成21年退官。