雑誌正論掲載論文
ワシントンを火の海にする狂気 米国の怒りと習近平への〝ハニートラップ〟
2018年01月15日 03:00
福井県立大学教授 島田洋一 月刊正論2月号
先頃、NHKの午後7時のニュースを見ていて思わず大笑いしてしまった。こういう経験は滅多にない。来日したスティーブン・バノン元ホワイトハウス主席戦略官が同局の単独インタビューで発した「NHKは日本のCNNか」(You must be the CNN of Japan, right?)という一節である。
CNNは、トランプ大統領が「フェイク(偽)ニュース」と非難する米主流メディアの代表格である。両者の確執は、オバマ大統領(当時)が宿泊したロシアのホテルにトランプが娼婦を呼び入れ「聖水プレー」で汚させたという「調査報告」をCNNが大きく報じて以来、激しさを増した(トランプは「潔癖症の自分には思いつきさえもしない話」と全面否定。ちなみにこの情報を裏付ける証拠は現在まで出ていない)。
冒頭のバノン発言は、本稿のテーマに関するやり取りで出たものなので、NHKによる筆記録「〝陰の大統領〟スティーブン・バノン氏単独インタビュー(2017年11月19日公開)」から該当箇所を摘出しておこう。興味深い論点が幾つもある。
(NHK記者)北朝鮮問題は手詰まりと見えるが。
(バノン)それはあなたの意見だ。全く手詰まりとは思わない。北朝鮮の核問題がここに至るまでに三、四十年が経過している。誰かが魔法の杖を振り回し、一夜にして解決出来る話ではない。プロセスが必要であり、トランプ大統領はそのプロセスを踏んでいる。彼は個人的に関与している。
手詰まりとは随分挑発的な言葉だ。NHKは日本のCNNか?
プロセスを踏むからこそ、大統領は一連のオプションがある、と言っている。空母打撃群をこの地域に回してきているのもそのためだ。戦略的なチェス・マッチの一環であり、日本は立派な同盟国として支援に当たっている。
(記者)しかし大統領は時間切れになりつつあると言っている。どのように状況を打開するのか。
(バノン)中国の首脳部と摺り合わせを行っていると思う。トランプ大統領に関し、身近にいた経験から言えることは、彼は「切迫感の男」(person of urgency)だということだ。物事がバン、バン、バンと処理されることを望む。北朝鮮問題は、間違いなく彼にとって優先度が高い。だから常に前面に出し続けている。
(記者)中国は覇権大国を目指しているとあなたは言う。どう対応するのか。北朝鮮問題で中国と協調することとの関係は?
(バノン)その点については、トランプ大統領と私の意見は違うと思う。私の方が中国についてはずっとタカ派的だ。私は習近平主席の演説を言葉通りに受け取る。中国は2050年までに世界を支配する国になろうとしている。
トランプは「切迫感の男」というバノンの評価は非常に興味深い。これは、「大統領は非常に短い時間枠(very short time frame)で物事を考える。一方私は10年、20年の幅で物事を考える」というティラーソン国務長官の発言とも符合する(こうした発言をする辺り、トランプとティラーソンの折り合いの悪さにつながるのだろうが)。
オバマ政権が北朝鮮政策のキャッチ・フレーズとした「戦略的忍耐」はトランプとは無縁のものと言える。従来の政権のように北朝鮮問題をずるずる先送りにはしない、「私が最終決着を付ける」というトランプの言葉は、その気質に照らしても、掛け値のない本音だろう。
TPP(環太平洋パートナーシップ)協定からの脱退、地球温暖化パリ協定からの脱退、イランを核合意違反と認定、ユネスコからの脱退、北朝鮮をテロ支援国に再指定、エルサレムをイスラエルの首都と認定し大使館新設など、いずれも他の大統領なら、選挙中に公約はしても、就任後には「諸般の事情に鑑み慎重に検討」と事実上立場を変更したかも知れない事柄である。
与党共和党内、政権内にも異論があり、民主党支持の主流メディアからは総攻撃を受けると分かっていながら、バノンの言葉を借りれば「バン、バン、バンと処理」してきたトランプの決断力、ないしは、いつまでもある懸案に付きまとわれることに我慢できない性格は、「いかれた子犬」(sick puppy)金正恩への対応でも重要要素となろう。
もちろんリーダーの気質だけで大国の政策、とりわけ大規模な軍事行動を伴う政策が決まるわけではない。今後の道筋は、対象たる北朝鮮の動きという主要因とともに、中東問題、米中関係をはじめとする対外政策の展開全般、国内政治の動向にも影響されることになろう。
過去には、金融制裁などで北朝鮮を相当苦境に追い込んだブッシュ長男政権が、最後の2年、目を覆わんばかりの宥和政策に転落した例がある。これは対北の文脈からだけでは説明できない。2006年10月に北朝鮮が最初の核実験を行った際、内外政策が順調で、政権基盤が盤石なら、ブッシュは北への一段の締め付けに動いたであろう。軍事力行使も考えたかも知れない。
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■ 島田洋一氏 昭和32(1957)年、大阪府出身。京都大学大学院法学研究科博士課程修了。専門は国際関係論。「救う会」副会長、国家基本問題研究所企画委員。著書に『アメリカ・北朝鮮 抗争史』(文春新書)など。