雑誌正論掲載論文
世界の記憶、韓国「慰安婦の日」… 「赤い国連」でいかに戦うか
2018年01月05日 03:00
明星大学特別教授 高橋史朗 × 麗澤大学客員教授 西岡力 ×衆議院議員 杉田水脈 月刊正論2月号
高橋史朗氏 国際連合教育科学文化機関、ユネスコは世界の記憶(世界記憶遺産)に日中韓などの民間団体から共同申請されていた日本軍「慰安婦の声」文書と、日米4団体が共同申請した「慰安婦と日本軍規律に関する証拠」文書の2件について登録判断を保留し、申請者と関係者の対話を促すと発表しました。登録可否を審査する国際諮問委員会(IAC)は「関係当事者らが対話する便利な場所と時間を設ける」よう勧告し、登録は先送りとなりました。
これは大きな成果でした。2年前、中国が申請した南京大虐殺に関する資料が登録されてしまい、私たちはその経験から2つのことを教訓として学んだと思います。1つは、南京の登録劇では官民が連携しなかったこと。要するに日本の保守系の団体が記者会見し、有識者の声明を出し、私もパリに行き、膨大な反論資料を送り込みました。
ですが、実際には何も生かされなかった。黙殺されたといってもいいかもしれない。民間がいくら声を上げても、外交を司る官の動きと噛み合わず、官民の連携とはならなかった。
世界の記憶の登録は、IACで決定します。その下部には登録小委員会(RSC)という組織があって、登録小委員会が勧告すると、それがそのまま通ってしまった。そこに働き掛けなければならないのに、それができずに登録を許してしまったわけです。
外務省の姿勢にも問題はありました。省のホームページに歴史問題Q&Aというコーナーがあるのですが、そこでは南京虐殺について20万、30万といった被害人数は認定できないが、非戦闘員の殺害や略奪行為などが書かれています。
この問題に外交戦略を立てていかに対応するか、という基本戦略がなく、明治の産業革命の登録と時期的にダブって手が回らず、後手に回ってしまった。政府としての外交戦略がきちんと確立できていなかったのです。そうした反省から外務省は今回戦略を立て、今回は官民一体で取り組みができた。それが大きな成果につながったと考えています。
西岡力氏 ユネスコの発表内容には、慰安婦の声、つまり強制連行やセックススレイブがあったとする案件について『世界の記憶事業のIACは2017年10月17日のユネスコ第202回執行委員会会合の議題15の決議に従い、ユネスコが「慰安婦の声」と「慰安婦と日本軍規律に関する文書」―これは日本の「なでしこアクション」が海外のグループと共同で強制連行、セックススレイブなどなく日本軍の規律は保たれていたとする真逆の結論を導き出した申請でした―の申請者及び関係者の間で対話を促進するよう事務局長に対して勧告する』とあります。
ここで大切なのは、「なでしこ」の山本優美子さんたちが、資金、時間を使ってユネスコの書式に合わせて何回も修正しながら申請にこぎつけたからこそ先送りができたのであって、彼女たちが声をあげなければ、慰安婦の登録もまた許してしまったかもしれない。
彼女たちにも自分たちの言いたいことは山ほどあったでしょうが、それを我慢してとにかくユネスコの俎上に載せた。その意義は大きいわけです。日本政府は慰安婦の登録阻止を当面の目標としながらも制度自体がおかしいとして制度改善を進めました。その結果、制度改革はうまく進みましたが、慰安婦など今回の案件にはそれを適用しないとなったんですね。
杉田水脈氏 そうでしたね。
西岡氏 改善した制度の適用は次年度からとし、慰安婦を含む今年度の申請では従前のルールで進めることになった。でも、意見が対立する案件は先送りしたほうがいいという趣旨の執行委員会の決議―それが先ほどの議題15の決議ですが―が通り対話という結論に至ったわけです。
発表文には「申請者及び関係者の間で対話を促進する」とあります。実はここも重要なんです。つまりある案件で意見が対立するから話し合いが必要と判断するケースというのは同じ案件で複数の申請者がいた場合だけに限られるのか。ここに「関係者」という文言がなければ、そうなってしまいます。
山本さんたちと向こうが両方同じ資料で正反対の申請をした結果、意見が対立すると判断されましたが、では今後も向こうから変な申請がされた場合、こちらは同じことを繰り返さなければ話し合いにならないのでしょうか。今回の事例がそうした前例になるのは良くないと思います。
ところが、ここに関係者という言葉が入ったことで申請者同士、および関係者―関係者というのは申請者とは別の人という意味です―として例えば私や高橋先生でやっている歴史認識問題研究会や反対声明を出した日本の学者100人も関係者として対話に参加できると考えています。
私たちはしかるべき場所と時間が提供されれば話し合いに応じたいと思いますが、その話し合いが今後どう進んでいくのか。1回だけ対話の席を設けたから条件が満たされた、登録してほしい、などと向こうは言ってくるかもしれない。そこは要注意です。
要するに状況は今、保留で先送りになっただけです。おかしな申請の登録を阻止したということは大きな成果だと思いますが、成果を生かすためにも今後、慎重に相手の出方を見ながら、何をすべきか考えなければなりません。
杉田氏 自民党の「日本の名誉と信頼を回復するための特命委員会」でも今回のユネスコの世界の記憶の申請やサンフランスシスコの慰安婦像、カナダの南京の日や韓国の慰安婦を称える日について外務省から説明を受けました。世界の記憶は冒頭の議題で―これまで負け続きの歴史戦でしたが―ここは一矢を報いたと言えましょう。
実は当選後、2回ほど河野太郎外務大臣と直接お話しする機会がありました。私は、外務省や政府にはできない、民間にしかできないことがある、とまず申し上げました。例えば国連人権理事会関係の委員会でのスピーチは、バッジを着けたらできません。これは民間でないとできないんです。韓国では日韓合意―政府同士は非難し合わないと約束しました―以降、民間の人たちを前面に出し、政府はそこにお金をだしてロビー活動をやらせています。
せめて日本は官と民が一致結束することが大事だ、と申し上げました。同じゴールを目指していることを確認し、連携できるところは連携する。役割分担できるところは役割分担する、あるいは互いにバックアップする。そうしたことをもっとしっかり考えてほしいと申し上げました。
官が民の動きを煙たがり、後ろから鉄砲を撃つ、つぶしにかかるようなことはやめてほしい。海外に慰安婦像が建つ際、これに反対する在留邦人を領事館がまあまあと抑えつけるといった例は多いんです。そういうことはなくしてほしい。毅然とした態度で結束して対応してほしいです。
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■ 高橋史朗氏 昭和25年、兵庫県出身。早稲田大大学院修了後、米スタンフォード大フーバー研究所などを経て臨教審専門委員などを歴任。著書に『「日本を解体する」戦争プロパガンダの現在』など。
■ 西岡力氏 昭和31年、東京都生まれ。国際基督教大学、筑波大学大学院卒。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)会長。朝鮮半島のエキスパート。麗澤大学客員教授。
■ 杉田水脈氏 昭和42年、神戸市出身。平成2年、鳥取大卒業後、民間企業勤務などを経て、平成24年、衆議院議員に初当選(日本維新の会)。今年10月の衆院選で自民党より出馬し議席奪還を果たす。