雑誌正論掲載論文

大論争「希望」という名の下に 〝大博奕打ち〟小池百合子の失敗

2017年11月15日 03:00

弁護士 橋下徹 月刊正論12月号

 ――総選挙で東京都知事の小池百合子代表が率いる希望の党は躍進しませんでした。

 橋下 内閣府の世論調査によると、国民の多くは現在の生活にある程度満足している状況であり、実際、失業率は低く、株価も高い。問題点は色々あるとはいえ、安倍政権を変えるよりも現状維持、すなわち「安定」を多くの国民が望んだことがまず背景にあったのだと思います。

 加えて、小池さんの選挙戦略は失敗だったと思います。いきなり政権交代を目標に掲げたのは行き過ぎでしたね。政権交代を目標に掲げたのに、総理に名乗りを上げるべき小池さんは出馬せず、政権構想を示す公約も突貫工事的に作られました。また、「希望」入りした民進党出身者は、ただ当選したいがためにそれまでの主義や主張を放棄したように見えました。有権者の目には、信頼するに値しない面々のように映り、「希望」自体が選挙に弱い民進党出身者の〝救済センター〟になっているような印象を受けたのだと思います。さらに、「希望」は民進党の時と同様に連合に支援を求め、新鮮さを打ち出せませんでした。こうした姿勢が有権者に支持されなかったのでしょう。

 ――小池氏の戦略に誤りがあったと?

 橋下 今回は「二大政党制に向かう第一歩として民進党を解体し、野党を整理することが目標だ」と訴えるだけで十分だったと思います。民進党の解体や野党の整理を目標に掲げていたら、そもそも小池さんの出馬は不要だったし、公約の至らなさに関しても「新党なので議論がまだ不十分。今後に期待して欲しい」と逃げることができました。また、過半数獲得にこだわる必要がなくなるため、当選だけが目当ての民進党出身者をズバッと斬ることもできたはずです。さらには連合に支援を求める必要も生じなかったでしょう。

 つまり、「希望」は自ら発掘した民進色の薄い新人議員と、「希望」の看板がなくても小選挙区で勝ち上がる実力のある議員だけで臨むべきでしたね。選挙に弱い民進色が付いたメンバーはいったん無所属で立候補させる。そして、小選挙区を勝ち上がって「禊」を済ませた人たちだけを「希望」に合流させれば良かったと思います。小池さんの人気だけに頼って、比例復活さえできればいいやと考えていそうな連中は役に立ちません。当選をするためだけにあっちの政党に行ったり、こっちの政党に行ったりするようなポンコツ議員は早々に政界から退場させなければなりません。実力で小選挙区を勝ち上がってくる議員が一定集まって初めて野党は力を持ちます。そして、野党が力を持つことによって今度は与党のポンコツ議員がふるい落とされます。こうして日本の政治は少しずつ前進していくのだと思います。強い野党を育てるのは有権者です。

 ――なかなか厳しい「希望」評ですね。

 橋下 厳しいことを言いましたが、今回の小池さんと前原(誠司)さんの行動は高く評価されるべきだと思っています。二大政党制の実現を目指すならば、民進党の解党、分党的な整理は必須でした。今回の選挙で野党は躍進しませんでしたが、お二人のお陰で少なくとも野党は「希望・維新」か「共産・立憲民主」かに整理されました。今回はまさに「野党整理選挙」でした。この枠組みで野党間が切磋琢磨し、いずれかが自民党に対抗し得る強い野党に育っていかなければなりません。

 共産と立憲民主の組み合わせは非常に親和性があり、国民から見ても分かり易いですよね。共産がこれから皇室や自衛隊に関して現実路線を歩むことになれば、今以上に「共産・立憲民主」に対する支持が広がるかもしれません。「共産・立憲民主」が野党間競争に勝利すれば、「希望・維新」の中で選挙に強い実力者たちは自民党に吸収されていくでしょう。自民党には他党出身者であろうと選挙の強者をのみ込んでいく融通無碍さがあります。自民党に吸収されたくないならば、「希望・維新」は今後の国会内外の活動によって野党間競争を勝たなければなりません。

 また、「希望」の誕生によって、安全保障政策をめぐる政党間の議論が抽象的・観念的なものから現実的なものになることも小池さんと前原さんの功績です。「希望」には、反対一辺倒で現実的な政策論を拒絶した民進党とは異なる道を歩んで欲しいですね。自民党と「希望・維新」の政党色は似ています。建設的な議論を展開し、日本の政治を前に進めていくことができるか否かが問われています。維新がこのような姿勢を貫いたところ、「与党か野党か分からない『ゆ党』」だと揶揄されましたが、国会を本当に建設的な議論の場に変えようと思うのならば、当然このような姿になりますよ。野党が「何でも反対」なら議論になりません。

 そして、憲法改正の議論も活発化するでしょうね。特に第8章「地方自治」の改正論議が進むことを期待しています。僕や維新にとっての憲法改正の柱は第8章、例えば憲法改正による道州制の導入です。維新だけでは自民党にこのテーマをのませる力はありませんでしたが、「希望」が一定の勢力を持ったことによって交渉のテーブルに上がるかもしれません。

「希望」の誕生は安倍(晋三)さんにとって結果的にプラスでした。安倍政権批判票が分散し、さらに野党のお粗末さが明らかになり、自民・公明の大勝に繋がりました。そして何よりも小池さんは民進党出身者を「希望」に招き入れる際、憲法改正への賛成と安全保障関連法の〝容認〟をのませました。これには安倍さんも万々歳だったんじゃないですかね。「希望」の登場によって国会内においては憲法改正や安全保障法制に対する理解が広がったことは紛れもない事実です。

 ただし、今回の選挙の結果を受け、世間的に立憲民主党に期待が集まり、逆に「希望」には力がないと判断されれば、「希望」のメンバーがそわそわし始めるでしょう。両党のメンバーが再結集するかもしれません。つまり、民進党の復活です。これは茶番も茶番、世も末なのですが、当選することが至上目的の議員ならやりかねません。こうなると、機運が高まりつつあった改憲論議にも影響が出てくるでしょう。議員には自分が当選するためだけの視点ではなく、二大政党制や、憲法改正といった中長期的な国家運営の視点をもってしっかりと行動してもらいたいものです。

 ――強い野党に育つための条件を教えて下さい。

 橋下 保守かリベラルかなんて、クソの役にも立たない抽象論・観念論よりも、まずは地方議員をしっかりと増やさなければなりません。「風」で国会議員の議席を一時的に増やすことはできても長続きはしません。風に左右されない、地域に根ざした地方議員が選挙においては力になるのです。実際、全国津々浦々に組織を広げている自民党の地方議員の数は凄まじく多く、彼らに推された首長の数も圧倒的なものです。

 また、絶え間ない競争を通じて所属議員のレベルアップを促すことも大切です。例えば、比例復活でしか当選できないような国会議員に代わって、実績を積んだ地方議員を国政に挑戦させるプロセスを確立すべきでしょう。強い野党を目指すなら比例復活の議員を偉そうにのさばらせてはダメですよ。彼らは甘え、自分に力があると勘違いをします。党職員と同じような位置付けにし、自分の立場を弁えさせるべきです。

 さらに、強い野党を作るには「言行一致」も不可欠です。僕が蓮舫さんら民進党の幹部に国会議員の恵まれた待遇を見直す「身を切る改革」について質問した時、彼らは「自民党がやるならばやる」「法律ができたらやる」などと言い訳を並べて、実行はしませんでした。「希望」は今回の選挙で「身を切る改革」の断行を訴えましたが、大切なのは率先して行動に移すことです。有権者は言ったことをやりきる集団なのかどうかを見ています。やりきれば、政党への信頼に繋がります。党内の決定事項を全員に従わせるガバナンスの確立も欠かせません。このような野党を作ろうと思えば、10年、20年という長いスパンで計画を立てなければなりません。

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■ 橋下徹氏 昭和44(1969)年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。大阪府知事と大阪市長を務め、国政政党「日本維新の会」を率いた。平成27(2015)年の市長任期満了に伴い政治生活にピリオドを打ち、現在は弁護士やコメンテーターとして活躍中。