雑誌正論掲載論文
尖閣に日の丸を掲げてから5年…
2017年08月25日 03:00
元海自特別警備隊先任小隊長 伊藤祐靖 月刊正論9月号
私が尖閣諸島・魚釣島に上陸して、島の断崖絶壁に日の丸を掲げたのが平成24年8月のことでした。あれからもう5年になるんですね。私は今、何をしているかといえば、静岡県は伊豆半島の川奈というところにある、一般社団法人「ひかり」で、知的・発達障害の子供の療育のお手伝いをしています。
私の古い友人である禅宗のお坊さんが知的・発達障害の子供の療育をしているのですが、彼と話をしているうちに、これは特殊部隊で培ったことを役に立てられるのではないかと思ったのです。感覚統合療法というものがありますが、簡単に説明すると「夜間視力」「動体視力」という言葉がありますね。視力といえば目というセンサーの能力であるように思えるでしょう。夜間視力はたしかに暗い中でどれだけ見えるかというセンサーの能力のことですが、動体視力のほうはセンサーの能力ではなくて、センサーから入ってきた情報をどう分析するか、ということであって、実は視力そのものではないんですね。この動体視力を高めるために特殊部隊でどんな訓練をしてきたか、ということが感覚統合に、つまり知的・発達障害を持つ子供の療育に生かせるのではないか、と思って今、取り組んでいるところです。
まあ、この川奈という場所が好きというのも大きいんですがね、今でも私の特殊戦の技能を習いたい、という若い隊員が何人かいて、彼らにその技能を伝えるときに、見せないと伝わらない部分があるので、やって見せられるだけの技量は維持しておこうと思っていますが、幸いにこのあたりには山もあり海もあり、訓練する場所には事欠かないんです。
5年前の尖閣上陸については少し振り返ると、沖合の漁船から海に入って最初の50メートルほどは周りから発見されないように潜っていきました。真っ暗な海に人がいると知られては大騒ぎになってしまいますからね。
そして周りの漁船から私の姿は絶対に見られない距離まで離隔してから浮上して、水面を泳いで島に向かいました。
で、魚釣島に上陸して山に登って、日の丸の旗を掲げられる場所を探したのですが、いざ旗を掲げようというときにヘリが飛んできたんですね。せっかく旗をきれいに崖から下ろそうとしていたのですが、あわてて回収して体の下に隠しました。ですので旗がグシャグシャになってしまった。もう一度きれいにほどいてから下ろせばよかったのですが、肉体的に厳しいときに人間は手を抜いてしまうものなんですね。漁師がやる投網のようにパッと旗を投げたのですが、うまく広がるはずもなく、それをもう一度広げるのも困難で、最後はきれいに広がっている確信なく帰ってきたんですね。そのときのことはよく覚えています。
漁船が石垣島へ戻る途中で、旗がきちんと掲げられているかどうかが見えてくるんです。そのときにきれいに掲げられていたのが見えて嬉しかったことも、記憶に残っています。
なぜそこまでして断崖絶壁に日の丸を掲げたのかといえば、海上保安庁や警察、自衛隊の公務員の方々が意気消沈していると思ったんですね。当時は民主党政権で、国家の意志が見えませんでした。今もなかなか見えませんがね…。
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■ 伊藤祐靖氏 昭和39年生まれ。茨城県出身。日本体育大学卒業後、海上自衛隊に入り、イージス護衛艦「みょうこう」航海長を経て、海自特別警備隊の創設に関わった。42歳のときに2等海佐で退官。共著に『自衛隊幻想』、著書に『国のために死ねるか』など。