雑誌正論掲載論文
激突!正論コロシアム 日本の核武装は是か非か
2017年07月25日 03:00
軍事アナリスト 小川和久 × 元陸将補 矢野義昭 月刊正論8月号
――北朝鮮が核・ミサイル開発に突き進んでおり、防衛対策のテーマとして、日本の核武装の是非が注目されています。本日は賛成派の矢野先生と現実主義の小川先生に激論を交していただきます。
矢野 北朝鮮が典型的な例ですが、政治指導者が一貫とした意思の下に核兵器を独自開発しようとした時、それを察知することができたとしても、止めさせる有効な手段はありません。イスラエル、インド、パキスタンなどが国家存続を最優先に、世界の反対を押し切ってまで核武装に踏み切った理由はそこにあります。
核の抑止力は絶大です。核兵器だけが持つ破壊力が相手国に恐怖心を植え付け、結果、自国にとって望ましくない行動を抑えることができます。北の核ミサイル開発を止めることが困難になっている以上、唯一の被爆国であるが故に、日本も核兵器で自らを守る権利を有しているはずです。
小川 日本の安全保障に関する選択肢は二つしかありません。日米安保条約を解消して武装中立の道をとるか、日米同盟を使い切るかです。
武装中立はかっこいいですが、防衛費は現在の約5兆円から23兆~24兆円ほどに跳ね上がるという試算もある。それに、日米同盟を解消した瞬間に核抑止力がなくなります。核兵器の独自開発は、各国の妨害が確実なことから10年以上かかり、実現可能性は低い。
私は日米同盟をとことん研究し、活用する方が現実的という立場です。自分の国は自分で守るとは、まず日米同盟を徹底的に活用し、そのステップを踏んで初めて言えることです。理屈の上では核武装は可能かもしれませんが、現実を考えれば無理だと思います。
――アメリカは日本の核武装に反対するとお考えですか?
小川 反対すると思います。日本が核武装に踏み切る場合、日米同盟は解消されます。しかし、アメリカにとって日本列島という戦略的根拠地は「唯一無二」ですから手放したくない。
そうなるとアメリカが軍事的に居座ることや、場合によっては日本の敵に回る可能性もある。他国も日本に手を出す可能性があり、核兵器の開発どころではないという話ですね。
矢野 私は逆に日米安保体制と日本の核保有は両立し得ると思っています。アメリカの「核の力」は落ちてきており、同盟国である日本の核保有をむしろ歓迎するようになると見ているからです。アメリカは冷戦後、核兵器への依存を下げる政策を実行してきました。核関連の予算を抑え、新規開発も抑えてきましたから、核兵器の劣化が激しい。
こうしたなか、中国の台頭やロシアの追い上げに伴い、核の優位性が揺らいでいます。10年ほど前にアメリカのシンクタンクが発表した見積もりによると、中国の核先制使用によってアメリカは4千万から5千万人の被害を受け、アメリカがそれに報復しても2千万人の被害しか与えられないということでした。
つまり、米中両国は核戦争にエスカレートするような軍事的挑発や紛争を選択できない時代を迎えているのです。それは日本にとって「核の傘」の信頼低下を意味し、核武装を検討せざるを得ない理由の一つとなっています。
――「核の傘」の信頼性が揺らいでいるなか、アメリカはそれでも日本を守りますか?
小川 守りますよ。日本人は理解していませんが、ゲーム理論で知られるシェリングは「同盟国への攻撃はカリフォルニアに対する攻撃とみなすと仮想敵国に思わせ、抑止力を高める」と言っています。アメリカにとって日本列島は死活的に重要な戦略的根拠地なのです。尖閣諸島であろうとも「手を出せば容赦しない」と軍事力行使を明言していることでも分かります。
日本列島に展開する米軍基地は、太平洋の日付変更線からアフリカ南端の喜望峰に至る「地球の半分」の範囲で行動する米軍を支えており、他の国は代われません。日本を失えば「世界のリーダー」の座から滑り落ちますから、アメリカはそれだけは避けたい。安保に関心が薄いとされたオバマ前大統領ですら中国の習近平国家主席に、「アメリカと日本が特別な関係にあることを理解すべきだ」とくぎを刺しています。
矢野 アメリカの財政が厳しいなか、トランプ政権は長期戦争を避ける傾向にあります。国防費を6千億ドル水準に維持したとしても、兵器近代化のための研究開発予算が十分確保できないような状況にアメリカは追い込まれています。
「アメリカファースト」で財政を立て直したいトランプさんの頭痛の種は、膨大な軍事費です。だからこそアメリカは日本に核兵器を持たせることで、自国の負担を少しでも軽減させるという決断を下さざるを得なくなる。アメリカにとって日本は、欧州における英国のようなものです。日本を信用しているからこそ核武装を許す。日米安保と日本の核保有は両立しますよ。
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■ 小川和久氏 昭和20(1945)年生まれ。陸上自衛隊生徒教育隊・航空学校修了。同志社大学神学部中退。地方新聞記者を経て、軍事アナリスト。官邸機能強化会議議員など外交、安全保障、危機管理の分野で政府の政策立案に関わる。現在は公益社団法人隊友会理事、静岡県立大学特任教授などを務める。
■ 矢野義昭氏 昭和25(1950)年生まれ。京都大学を卒業後、陸上自衛隊に入り、兵庫地方連絡部長、第一師団副師団長兼練馬駐屯地司令、小平学校副校長などを歴任。平成18(2006)年退官(陸将補)。現在は国家生存戦略研究会会長、岐阜女子大学特別客員教授を務める。博士(安全保障)。