雑誌正論掲載論文
DEAD or ALIVE 金正恩 5つの運命 徹底シミュレーション
2017年06月05日 03:00
福井県立大学教授 島田洋一 / 産経新聞編集委員 久保田るり子 月刊正論7月号
久保田 韓国大統領に文在寅氏が就き、北朝鮮をめぐる状況に韓国という不確定要素が増えました。大統領当選後、文氏はトランプ米大統領との電話会談で、米韓同盟の強化を強調していますが、猫をかぶっているだけ。当面は非核化を前面に出すでしょうが、やはり北朝鮮に宥和的な盧武鉉の再来というか、それよりも悪いかもしれないと思っています。北朝鮮にしてみれば、渡りに船で、これで向こう五年、十年の目処が立ったと思っているんじゃないでしょうか。「緊張緩和が必要」「対話路線が肝心」などといって、韓国側が北を訪れただけで、南から北へお金が動いていくわけです。操業中断中の南北共同運営の開城工業団地を再開しなくても、ずるずると南から北へお金が流れることになると思います。
島田 ただ、文在寅が北と経済的に近づこうとすると、相当な圧力をアメリカがかけてくると思いますね。大統領当選の翌日に、共和党主流派に立場の近いウォール・ストリート・ジャーナルが社説で、太陽政策の再来には韓国への制裁で臨めと述べています。今や北がアメリカ本土まで届くミサイルを配備せんとする危機的状況の中で、それは絶対に許してはならないと。具体的には、開城工業団地の再開があった場合、南北共同事業に参加する韓国企業、金融機関にはアメリカでの営業を一切許さない二次的制裁を加えよと主張しています。これは、共和党主流派の考え、ひいては議会多数派の意見と考えていいでしょう。
久保田 選挙中に文在寅が明らかにした「朝鮮半島非核平和構想」は、盧武鉉が政権をとってすぐに出した「朝鮮半島平和発展構想」と内容がほとんど同じなんです。また、盧武鉉は、韓国が北東アジアのバランサーの役目を果たすと言ったのに対し、文在寅は韓国役割論というものを提示していて、陣営としては「盧武鉉と文在寅は違う」と言っていますが、中身はほとんど同じです。私が最も気になっているのが、西海(黄海)のNLL(北方限界線)のことです。盧武鉉が政権を離れる五ヵ月前に南北首脳会談をした時、議題に上がったのが、NLLの軍事境界線を無力化するような共同漁労水域にするというものでしたが、どうやら、文在寅も同じようなことを考えているらしく、西海の平和協力ベルト構想を打ち出しています。中身については述べていませんが、軍港である北朝鮮の海州と韓国の仁川を結ぼうというものだと思われます。彼の安全保障観は盧武鉉の延長線上でしかない。
島田 報道を見る限り、一応、文在寅も北の核放棄が前提だと語ってはいるようですけれど。
久保田 言っていることは言っていますが、本音は「核廃棄に向けた交渉につくなら開城工業団地再開は可能」というところにあります。朝鮮半島の非核化は盧武鉉も言っていますから。融和派といえば聞こえはいいですが、文在寅は従北です。全く信用できません。ところで、島田さんは、トランプ政権による北への軍事オプションについて、どうお考えになりますか。
島田 シリアと違って、北は反撃して周りに相当な被害を与える能力を持っていますから、簡単に先制攻撃などできないでしょう。従って、北の指令系統中枢と主要軍事施設を一気に無力化する態勢を整えつつ、北と取引を続ける中国などの企業、金融機関に第三者制裁、いわゆる「二次的制裁」を加えていくというのが基本的方向になると思います。二次的制裁の法的枠組については、愛国者法や2016年北朝鮮制裁強化法などですでに十分出来上がっています。こうした法律と議会の圧力を背景にトランプは、習近平に対し、圧力を首脳会談の場などでかけたんだと思います。中国・北朝鮮間の物流や金融サービスを切っていくなら、制裁発動を大統領権限で抑えることもできるが、従来のように漫然と経済取引を続けるなら二次的制裁を発動するしかない―そういう趣旨の圧力をね。中国が北との取引を切ったかどうか簡単に分かります。石油をはじめ北の対外取引の9割を占める中国が関係を切れば、北の体制はほどなく崩壊します。崩壊しないということは、中国が取引を切っていないということ。おそらく見せかけ以上の取引中止は行わないだろう中国に対し、トランプ政権が二次的制裁を発動できるかどうかが、今後最大の注目点になると思います。
久保田 しかし、北への制裁も韓国から穴が開くとどうしようもありません。中国は貿易で北を支えているわけですから、そうした金融制裁などの二次的制裁が功を奏すると思いますが、韓国がやろうとしているのは、まず文化交流から始めようというわけです。北朝鮮の歌劇団の生中継をするとか、あるいはバレーボールを共同開催して、その放映権をどうするとか、そんなことです。この方法は一つ一つは、まとまった金額でなくても、総計すると多額の資金がかつ際限なく北に流れていくんです。しかも、一つ一つの金額は小さいので、管理して制裁の対象にするのはなかなか難しいわけです。
島田 マティス国防長官も言っていますが、アメリカがいま先制攻撃に出ないのは、北の反撃で、日韓両国民はもちろん、在韓米軍兵士やその家族などアメリカ人にも多大の被害が出ると予想されるからです。いま直ちに北朝鮮を攻撃せよと主張する人はアメリカにおいてもごく少数派です。北が先に手を出してくれば、世論の支えを背景に、米側は全面攻撃に出るでしょうが。
久保田 それと核実験に関しては、今のところ止まっているわけです。北は五月十四、二十一日にもミサイル発射を行いましたが、やはり核とICBMのどちらかといったら、アメリカは核に敏感ですから。それに軍事圧力をかけるといっても、これ以上は難しいですよね。
島田 ただ、北は過去に五回、核実験を行っており、後は爆発を伴わないシミュレーションで相当の信頼性を持った核ミサイルの実戦配備に向かうかもしれません。イスラエルは一度も核実験をしていませんが、約八十発の核ミサイルを実戦配備しているといわれています。
久保田 今、北が持っているのが二十発だといわれていて、それを実戦配備すると宣言したら、アメリカはどう動きますか。
島田 現在、カリフォルニアとアラスカにアメリカは迎撃ミサイル基地を置いていますが、漏れ出た内部情報によると、最良の条件下でも迎撃成功率は四四%、実戦状況ならさらに下がってせいぜい三〇%程度だろうといわれています。つまり、北が米国に向けて三発のICBMを発射した場合、二発は着弾するわけで、だから、迎撃システムに頼った受け身の姿勢ではダメ、攻撃に出なければならないという議論につながるわけです。
久保田 ただ、よく言われている金正恩をピンポイントで狙って殺害する「斬首作戦」は難しいでしょう。金正恩だけ亡き者にすればいいのかというと、そんなことはないんですね。亡命した北朝鮮の元高官、黄長燁氏は「あの国は誰が後継者になろうが変わらない、統治システムとして出来上がっているんだから」と言っていました。また、統一戦線部出身で北朝鮮専門ニュースサイト「ニューフォーカス」代表の張真晟氏も、「金正恩だけが死んでも、妹の金与正が後継者になって、政治体制は変わらないだろう」と分析していました。北の統治システムを崩壊させるためには全面戦争で幹部連中を全員抹殺するぐらいでなければ、と。アメリカがそこまでやるとは戦禍の大きさから考えても、とても思えません。
島田 現在、両国の情報機関が協力して金正恩を無力化する作戦実施という話が米側から漏れ伝わってきます。CIAと中国情報部の関係も、ソ連をアフガニスタンから追い出す合同秘密作戦を実行した1980年代半ば以来密接ですから。金正恩の無力化といっても暗殺から亡命まで形は様々ありますが、いずれにせよ中国が踏み込んで協力するなら、北に中国の傀儡政権が生まれることを米側はとりあえず認めるというものです。ただし、中国の責任で核を完全廃棄させることが大前提となる。それが確保されるなら、北の域内に中国軍が基地を持つことを黙認し、一方、在韓米軍、少なくとも地上軍は半島から撤退というところまでいくかもしれない。逆に中国が協力しないなら、アメリカは独自に金正恩を無力化し、その場合は半島の将来について中国に一切発言権は与えないと。少なくとも、そうした方向での米中協議を進めよという議論は、米側の各方面で聞かれます。
――では、今後のシミュレーションをお願いします。
パターン1
金正恩政権が崩壊!
親中政府が成立し〝改革開放〟路線に
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■ 島田洋一氏 昭和32(1957)年生まれ。京都大学法学部卒。同大大学院法学研究科博士課程修了。専門は国際関係論。国家基本問題研究所企画委員。著書に『アメリカ・北朝鮮 抗争史』(文春新書)など。
■ 久保田るり子氏 東京都生まれ。成蹊大学経済学部卒。産経新聞入社後、韓国・延世大学留学。ソウル支局特派員などを経て現職。國學院大学客員教授。著者に『金正日を告発する―黄長燁の語る朝鮮半島の実相』(産経新聞出版)など。