雑誌正論掲載論文

プレミアムフライデー狂想曲 働かなくて本当にいいの?

2017年04月15日 03:00

評論家 小浜逸郎 月刊正論5月号

 去る二月二四日、私はある用事があって都心に赴きました。終わったのが午後四時半くらい。ラッシュアワーにはまだ早いのに、郊外に向かう帰りの電車が勤め人風の人でけっこう混んでいました。みなさん、何の日だったか憶えていますか。

 そう、初めてのプレミアムフライデー(プレ金)だったんですね。なるほどと思ったものの、ぎゅうぎゅう詰めというほどではない。まあ、こんなものだろうという程度です。

「働き方改革」と消費の伸び悩み改善の一石二鳥という触れ込みのこのアイデア、いったい誰が言い出したのか、セコイというか、白けるというか、見当外れというか、まあ政府の考えることは、何ともバカバカしいとしか形容のしようがありません。

 後日の記事によると、首都圏在住の働く男女を対象にした民間調査では、実際に早く帰った人は、たったの三・七%だったそうです(産経ニュース・二〇一七年三月三日付)。当たり前でしょう。

 このアイデアのどこがバカらしいか。いくつもありますが、一つ一つ行きましょう。

 まず前から言われていたことですが、早帰りできるのは、経営状態が良好で余裕のある大企業の正規社員だけだということ。

 日本の中小企業は九九・七%を占めますが、このデフレ不況下で四苦八苦しているところがほとんどですから、そんなことが許されるはずがありません。ただでさえ残業、残業、休日出勤と、過酷な労働条件を強いられているのです。事前の聞き取りでも「プレ金? ウチは関係ねえよ」とほとんどの人が答えていたようです。

 後に紹介する「働き方改革」についての資料の中に、「厚労省が、所定外労働時間の削減や年次有給休暇の取得促進を図る中小企業事業主に対して、その実施に要した費用の一部を助成する助成金制度を導入した」とありますが、そもそも現在のデフレ状況下で、そういうことが中小事業主に可能なのか、きちんと調査・検討した事実を寡聞にして知りません。

 いくら助成してくれるのか知らないけれど、おそらくは雀の涙。これは事業主の道徳心に期待したもので、そういう政治手法は効果薄弱なことが初めから見えています。

 プレ金についての前記記事によれば、余裕のある大企業でも以下のような有り様です。

《実施・推奨している職場でも「早く帰るつもりだったが帰れなかった」という人が16・3%。理由には「仕事が終わらなかった」「後日仕事のしわ寄せが来る気がした」「職場の周囲の目が気になった」などがあがった。》

 初めの二つの理由は当然といえば当然ですね。でも最後の理由が、「働き方改革」全体の趣旨にとって意外にも大きな壁となっています。しかしそもそもこの趣旨自体がおかしいのですから、「壁」はじつは壁ではなく、配慮しなくてはならない重要なポイントなのです。これについては後述します。

 また、この種のアイデアが百害あって一利なしなのは、政府がデフレ脱却のために適切な対策を打っていないことから人々の目をそらす作用を持つからです。適切な対策とは、言うまでもなく、プライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字化目標を破棄し、大胆な積極財政に打って出ることです(ちなみに積極財政の障害となっている「国の借金一千兆円。このままだと財政破綻する」という財務省発のウソは、いい加減に引っ込めてほしいし、国民もこのウソから目覚めてほしいものです)。

 こういう弊害もあります。日本の休日数(年次有給休暇日数)はいま世界の中でもかなり多い方に属するので、これ以上増やす必要はありません。しかし実際には休める人と休めない人との間には大きなギャップがあります。すると賃金が低くきつい労働に耐えている人々の間にルサンチマンが貯めこまれます。公務員を削減しろなどというのがその典型ですね。

 また「早く帰宅させると消費が伸びる」などという論理は「風が吹けば桶屋が儲かる」と同じで、まったく論理が成り立ちません。というのは、時間当たりの労働生産性が変わらないと仮定すれば、長く労働した方がマクロレベルでは生産高が増え、それに応ずる需要がありさえすれば、その方が消費が増えるはずだからです。バブル期の時はみんな猛烈に働いていましたよ。仕事があったのです。つまり需要があったのです。

 おまけに金曜日ですから、一週間精一杯仕事をした気分で夜の街に繰り出せば、それだけお店も繁盛するでしょう。その方が需要創出につながると思うんだけどな。先の記事では、退社した人で最も多かったのが「家で過ごした」(四一・八%)だったそうです。あ~あ。

続きは正論5月号でお読みください

■ 小浜逸郎氏 昭和22(1947)年、横浜市生まれ。横浜国立大学工学部卒業。思想など幅広く批評活動を展開。国士舘大学客員教授。著書に『日本の七大思想家』(幻冬舎新書)、『デタラメが世界を動かしている』(PHP研究所)など多数。