雑誌正論掲載論文

絶望の朝鮮半島…慰安婦像撤去の約束は反故に? 文在寅の韓国が進む道

2017年04月05日 03:00

ジャーナリスト 黒田勝弘 月刊正論5月号

 韓国の憲法裁判所による朴槿恵大統領の弾劾・罷免は、端的にいえば法治主義ではなく政治的判断の結果である。下世話にいえば、あれは罷免という結論先にありきの〝出来レース〟だった。そうでなければ反政府デモが収まらず、国家的混乱は必至だったからだ。

 というのは、朴槿恵罷免を要求する野党・反政府勢力は結論が出る前から、「弾劾が認められないと暴動だ!」と憲法裁判所を脅迫していた。また、世論調査でも弾劾支持者の五〇%以上が「棄却は認めない」と不服従を宣言していた。次期大統領選の最有力候補の文在寅などは「棄却なら次は革命だ!」と公言していた。

 したがって、韓国が本当の法治国家かどうかは、弾劾棄却になった場合に確かめられたはずだ。棄却決定が出されても野党・反政府勢力がそれに従い〝ロウソク群衆デモ〟をしなければ、それこそが法治国家の証しである。

 しかし、弾劾棄却になった場合、暴動的混乱は十分にありえた。反政府派には「混乱の責任は民意を無視した憲法裁判所にあり」という名分が準備されていた。ソウル都心を埋めてきたロウソクデモは自らを〝民意〟といい、罷免以外は認めるつもりはなかった。しかもロウソクデモは、すでに大統領官邸の百メートル先まで押し寄せていた。

 弾劾棄却の場合、ロウソクデモは大統領官邸に乱入し、朴槿恵を引きずり出す事態になっていたかもしれない。マスコミの扇動による朴槿恵に対する韓国社会の〝魔女狩りムード〟はそこまできていた。憲法裁判所はそうした混乱を回避すること、つまり当面の国家社会の安定のためには、「大統領に泣いてもらうしかない」と判断したのだ。決定は異例の全員一致だった。法理ではなく政治的混乱回避という政治的判断で一致したということである。その証拠に憲法裁判所は、宣告文朗読に先立つ冒頭発言でこういっている。「今日の宣告がこれ以上の国論分裂と混乱を終わらせ、和合と癒やしの道に進む基礎となることを望む」と。

 これが今回の憲法裁判所の当初からの狙いだった。韓国の新聞も憲法裁判所関係者の話としてさりげなく「裁判官八人は事件受理以降、初志一貫して〝認容(罷免)〟決定に同じような認識をもっていたようだった」と書いている(中央日報三月十一日付)。

 おさらいをすれば、朴槿恵大統領が弾劾・罷免に追い込まれるにはもちろん原因があった。身から出たサビといってもいいが、一つは彼女が〝擬似家族〟として気を許した、きわめて俗っぽい〝悪女〟ともいうべき崔順実の勝手をコントロールしなかったという、身の処し方に問題があったこと。もう一つは故朴正煕元大統領の娘としての知名度という〝親の七光〟で大統領になったものの、政治的力量不足はいかんともしがたかったことだ。

 その結果、前者は大規模なロウソクデモを誘発した。左翼・反政府勢力のみならず無党派の群衆がデモに参加したのは崔順実という存在への嫌悪感と、崔順実をそばに置いていた朴槿恵への失望という、何とも〝いたたまれない感情〟からである。

 後者については、たとえば弾劾に直接つながった政治過程を挙げることができる。弾劾成立のためには、まず弾劾決議案が国会で三分の二以上の賛成を得なければならない。その国会は昨年四月の総選挙の結果、野党が過半数を占め、かつ与党内部は親朴派と反朴派に分裂した。総選挙では与党内の派閥争いが民心を嫌悪させ、与党敗北となったのだが、その背景には反朴系排除という朴槿恵の〝横暴〟があった。

 与党内をまとめきれず、国会で過半数を失ったうえ、与党内の反朴・反乱票が野党に加勢した結果、弾劾決議が成立してしまったという経緯があるのだ。

 それでも弾劾の当否を決定する憲法裁判所については当初、司法専門家の間では、法理的には〝罷免〟には及ばないという見解が多かった。しかし、メディアが挙げてロウソクデモを「これこそ韓国国民の民主主義精神の発露だ」「これが民意だ」と称え扇動した結果、世論調査では弾劾・罷免賛成が終始、八〇%以上を占めていた。憲法裁判所もこの〝世論〟に反する決定は出せない。「法理より世論」という政治的判断をせざるを得なかったのだ。

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■ 黒田勝弘氏 昭和16年(1941)年、大阪府生まれ。京都大学卒業。平成元年から長く産経新聞ソウル支局長を務め、現在はソウル駐在客員論説委員。日韓関係の報道でボーン・上田賞、日本記者クラブ賞、菊池寛賞を受賞。著書に『韓国人の歴史観』など多数。