雑誌正論掲載論文

皇室の「終わりの始まり」… 特例法でいいのか

2017年02月25日 03:00

麗澤大学教授 八木秀次 月刊正論3月号

 天皇陛下が譲位をご希望されていることを受け、政府は、新天皇が平成31(2019)年1月1日(元日)に即位する方向での検討に入ったという。これに伴って元号も変わることになる。産経新聞(1月10日付)でスクープし、翌日、他紙も後追い記事を書いた内容である。この報道について菅義偉内閣官房長官は「そういう事実は全く承知していない」「有識者会議に陛下の公務負担の軽減を最優先で静かに議論してもらっている。方向性も示されていない段階だ」と否定し、宮内庁も元日の即位は困難との考えを示したが、現時点ではそう言わざるを得まい。1月6日、安倍晋三首相、菅官房長官、杉田和博内閣官房副長官らで天皇の退位に向けての法整備について協議しており、恐らくそこで確認されたスケジュールが外部に漏れて報道されたものだ。

 天皇陛下の退位の実現がまるで既成事実になったかのように話がどんどん先に進んでいる感があるが、後述するように政府が腹案として持っている皇室典範の特例法制定か、皇室典範そのものの改正かは別として、天皇陛下の退位の実現は最終的には国会の案件になる。与野党の協議やその後の国会での審議の目途も立っていない段階で退位や即位の年月日まで決まっているかのような報道が出るのは文字通りの「国会軽視」ということになる。

 さらに首相の私的諮問機関として設置した「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の結論や、その前の論点整理もなされていない段階であった。論点整理は1月23日に公表されたが、主な内容は、①特例法だけを制定する②皇室典範の付則に特例法に関する根拠規定を置いた上で特例法を制定する?のいずれかの考え方に基づき退位を今上陛下に限ったものにするか、③退位を恒久的な制度とするため皇室典範を改正する―という考え方に基づき全ての天皇を対象にするかに加えて、退位に否定的な摂政や国事行為の臨時代行での対応についても、それぞれメリットとデメリットも示したものだった。

 しかし、座長代理を務める御厨貴東大名誉教授は事前に「(昨年12月)14日の議論で、退位は認めた上で法整備は特別法がいいとの議論に傾いた」「一度定まった特別法は、次に同様の問題が起きた時に先例となる。特別法も一代限りでおしまいではなくなる。一方、恒久化する場合、どのような要件を盛り込むかが非常に難しい。特別法なら、将来の事態にもフレキシブル(柔軟)に対応できる」と退位は特例法によって実現すべきだと語っていた(東京新聞12月30日付朝刊掲載のインタビュー)。また、皇室典範改正による退位の恒久制度化については「例として『高齢』が言われるが、例えば八十五歳で退位すると書くと、それが独り歩きする。次の陛下が八十五歳になっても元気であっても、世間的に『八十五歳で定年だね』となり、強制退位となる可能性は十分にある。一方、高齢の要件を入れないと、若いうちにやめたいといった恣意的な退位を許しかねない。恒久的制度の方が皇位の安定が心配になるとの思いがある」(同右)と否定的であることを表明していた。

 さらに摂政設置については「摂政制度は心神喪失を要件としており、(心神喪失状態にない陛下の下に摂政を置くには)皇室典範の改正が必要になる」というハードルを示していた(時事通信1月13日付のインタビュー)。

 この内容から論点整理では恐らく上記の①ないし②の考え方を強く打ち出す方針であることは予想がついていた。今後、衆参両院議長の下での与野党からの意見聴取を経て、3月中にも有識者会議としての一定の結論を示した報告を提出し、それを受けて政府は5月の連休明けに退位を実現するための皇室典範の特例法案を国会に提出する見通しであるという。

 しかし、これらは以上のスケジュールがすべて順調に進んでのことである。また、特例法案に内容上、問題がないという前提でのことである。最初の難関は与野党での協議だが、民進党は昨年、党内に皇位検討委員会を設置し、12月21日に「皇位継承等に関する論点整理」を発表している。皇室典範改正で退位を恒久制度化することを提案し、特例法での対応は憲法違反であることを強調している。また、女性宮家創設と女系天皇容認も検討課題に掲げられている。

 強気なのは野田佳彦幹事長で「陛下は超高齢社会における象徴天皇のあり方という問題提起をされている。(譲位への望ましい対処は)こんな一時しのぎの特例法ではない。典範改正しかないと私は思う」(1月9日、BSフジ「プライム・ニュース」)と主張している。背景には「『陛下のお気持ちを分かっているのは自分だ』という自負がある」(党幹部)という(産経ニュース【豊田真由美の野党ウオッチ】1月11日)見方があるが、天皇陛下の元側近が野田氏と接触している話も出回っている。自由党も大島理森衆院議長に「陛下の意思に即して皇室典範を見直すべきだ」との考えを伝え、社民党も国会が主導して典範を見直すべきだと主張している。共産党も「皇室典範の改正が筋ではないか」(志位和夫委員長)と主張している。日本維新の会は特例法に賛成すると思われるが、この状況で与野党の合意は簡単には整うまい。民進党は最終的に特例法で妥協することも考えられるが、その際には今後、女性宮家創設と女系天皇容認の検討に入ることを政府に約束させるつもりだ。皇位の男系継承維持を主張する安倍首相はこの点は絶対に譲らない。

 私は、たとえ天皇陛下のご意向であっても退位の実現が皇位の安定性を大きく揺るがすものであるがゆえに反対の立場だが、民進党の「高度の政治的判断」によって与野党合意が整わず、何れの退位実現法も成立しないことになる可能性も排除できないと思っている。それはそれでよいのだが、その場合、責任を誰に押し付けるかが問題となる。安倍内閣の責任なのか、民進党の責任なのか、その帰趨は見えない。

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■ 八木秀次氏 昭和37(1962)年生まれ。早稲田大学法学部卒業。同大大学院政治学研究科博士課程中退。専攻は憲法学、思想史。退位をめぐる有識者会議ヒアリング対象者。