雑誌正論掲載論文
東大から原子力専攻の学生が消えていく…
2017年02月15日 03:00
ジャーナリスト 細川珠生 月刊正論3月号
東日本大震災以後、国内の原子力発電所の稼働が厳しくなり、現在稼働しているのは、川内原発1、2号機(鹿児島県)、伊方原発3号機(愛媛県)の3基のみである(川内2号は2016年11月に定期検査に)。老朽化等で廃炉になったものを除き、国内40基が稼働できない状態である。さらに鹿児島県の三反園訓知事は川内原発の停止を求め、新潟県知事選では再稼働反対の米山隆一氏が当選した。
しかし、原発の停止期間が長くなればなるほどさまざまな問題が厳しさを増す。特に深刻なのは、原子力に携わる人材の確保が非常に難しくなっていることである。日本原子力産業協会が原子力関連産業を対象に行った調査報告(2015年度)によると、原発停止の影響として、2番目に「技術力の維持・継承」を挙げている。原子力関連産業では今、他部門への人員シフトや新規採用枠の縮小などで、原子力部門での人材の確保が難しくなっている現状が浮かび上がっているのだ。今後、順次、安全審査に合格した原発が再稼働しても、それを動かす人が足りなくなるかもしれない。そうなると、どうすればいいのだろうか。
日本では、東日本大震災以後、相変わらず「反原発」の嵐が吹き荒れているが、化石燃料の問題、環境問題から原発の活用を積極的に進めるのが世界の潮流でもある。国際原子力機関(IAEA)の報告によると、2014年9月現在、世界では建設中の原子炉が72基もあり、中でも新規の計画や建設中の原発の6割はアジアに集中している。アジアの原発先進国である日本は、世界へ貢献できる技術力や経験を持っているにもかかわらず、それに携わる人材の確保や研究の推進が滞っているという現状があるのだ。このままいくと、原子力の将来のみならず、日常に欠かせないエネルギー確保に重大な問題を引き起こしかねない。何より、国家の安全保障という観点からも大問題であるのだ。
原子力発電を、今後も維持する上で必要なのは、将来の原子力の専門家、つまり原子力を専攻する学生を確保することだが、いま、原子力を専攻する学生は激減しているのが実態だ。
「東日本大震災の後、原子力を専攻する学生は目に見える形で激減しました。震災前と震災後では志願者は半減しています。今は底を脱したと思っていますが、それでも、このままの状態が続けば、日本の原子力、ひいては日本の技術力全体や国の安全保障に重大な影響があると思わざるを得ません」
と語るのは、東京大学大学院原子力国際専攻の寺井隆幸教授である。
原子力を学べるのは、旧帝大の流れをくむ東京大学などの国立大学と、東京工業大学、東京都市大学、早稲田大学など一部の大学に限られている。それも、学部卒の9割は大学院へ進み、修士号を取るのが一般的で、原子力を生涯にわたる専門領域として選択しているかどうかは、大学院への進学者数に表されるということになるが、寺井教授のいる東京大学大学院原子力国際専攻を例にとってみると、その数の減少は著しい。
東日本大震災が起きた2011年の9月に入試が実施された2012年度入学の志願者こそ、震災発生から半年のために進路変更が難しかったせいか、修士課程の定員22名に対し61名いたが、博士課程は、定員11名に対し7名だった。翌年の2012年9月入試となると、修士課程の志願者は36名で前年から半減。博士課程についてはわずか3名と、定員の4分の1にとどまってしまった。その翌年も修士課程は39名、翌々年(2014年9月入試)は37名と半減域を抜け出せなかった。今年度の志望者はようやく少し増え、44名、また来年度の志願者も40名と回復傾向を見せたが、まだまだ少ない。
博士課程の方は、それでも2014年度の入学者から回復し、10人以上を確保しているが、半分以上は外国人で、そのうちの6割は中国と韓国からの留学生だという。これにトルコやインドネシアなど、原発推進国からの留学生を加えると、日本人の学生は減少しているといわざるを得ない。
東大では、日本人で専攻する学生の質の問題もみえる。修士課程で実際に入学するのは30名弱だが、東大の学部生からの進学はわずか4割で、他は他大学からの進学者だ。東大ブランドで希望する人、医療・放射線への応用などを学びたいと入学する人で3分の2以上を占め、従来からの原子力そのものを学びたいという学生は3分の1前後、人数にしてわずか十数名という。
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■ 細川珠生氏 昭和43(1968)年生まれ。聖心女子大英文科卒業。父親の故細川隆一郎氏との父娘関係を綴った「娘のいいぶん~がんこ親父にうまく育てられる法」で日本文芸大賞女流文学新人賞。「細川珠生のモーニングトーク」(ラジオ日本、毎土7時5分)は放送22年目。東京都品川区教育委員などを務め、現在、千葉工業大学理事。