雑誌正論掲載論文

慰安婦合意 約束を守れない隣国・韓国の行く末

2017年02月05日 03:00

ジャーナリスト 黒田勝弘 月刊正論3月号

 日韓関係における直近の話題は釜山総領事館前への慰安婦像設置問題である。この件で日本政府は珍しく韓国に対し外交的な〝報復措置〟を断行した。韓国政府への抗議の意味で、駐韓日本大使・駐釜山総領事の実質的な本国召還、新スワップ(財政支援)協定交渉と政府当局者経済協議中断、釜山総領事館員の地元行事参加自制を発表した。それは結果的に大きな効果を生んだ。今回の異例の外交措置が韓国にもたらした影響をまず報告しておく。

 日本が韓国に対する不満、不快感の表明として、単なる口頭ではなく、これほど具体的な措置を取ったのは史上初めてと言っていい。これまでの日韓外交というのは、拳を振り上げたり、抗議、不満、不快、怒りの表明をするのはいつも韓国側だった。日本は何をやられても「韓国を刺激してはいけない」といっておとなしかった。よく言えば「韓国並みに騒ぐのは大人げない」という〝余裕〟だが、別の言い方をすれば韓国相手に長年の間に習慣化していた〝我慢〟からだった。

 その意味では今回の措置は日本の対韓外交の質的変化を物語るものだ。一度カベを越えて前例ができると今後はやりやすい。したがってこれは日本の対韓外交の〝幅〟が広がったことを意味する。

長年の韓国ウオッチャーとしては驚きと同時に、近年、日本を往来しながら肌で感じていた、日本国内に広がる「韓国いいかげんにしろ!」といういわゆる反韓・嫌韓感情の表われなのだと納得した。

 筆者が驚いたほどだから韓国の政府やメディアはもっと驚いた。韓国での反応は「日本ケシカラン」といういつもの反発よりも、「そこまでやるか日本(安倍政権)」という驚きと戸惑いだった。病的といえるほど〝安倍叩き〟が体質化している韓国マスコミが、安倍非難を忘れ(?)て、日本の強硬論の事情を探るのに懸命だった。

 この背景には年明け、韓国の朝野で広がっている外交的な孤立感もある。韓国では昨年來、中国との間で米軍の新ミサイル防衛網サード配置をめぐる対立が強まり、すでに中国から韓流文化規制や商品不買など経済報復がはじまっている。また、米国のトランプ新政権との間では安保、経済の両面で不安要素を抱えている。安倍政権の「トランプ接近」を印象付けられているだけに、対米孤立化も危惧されている。そんな中で日本が慰安婦問題で思わぬ〝報復〟に出たため、外交的非常事態(?)に陥ったのだ。

 周知のように、今回の釜山総領事館前の慰安婦像に関する日本の対韓抗議には二つのメッセージが込められている。最大のポイントは慰安婦問題にかかわる日韓合意(二〇一五年十二月)に違反するということ。それに加え、日韓合意で〝解決努力〟が約束された在ソウル日本大使館前慰安婦像と合わせて、外国公館前の慰安婦像は国際法(ウィーン条約)違反であることをあらためてアピールしたことだ。

 この二点ともいわば〝国際的な約束〟であるため、それを平気で違反する韓国は「国際的に約束を守れない国」というメッセージを韓国に投げかけたことになる。これは国際的な孤立につながる心理的圧力だ。

 ちなみに、日本公館前の慰安婦像は地元当局が当初、設置を許可していなかったから国内法上も不法設置物である。これでは日本非難のためなら何でもやっていいという「反日無罪」と、法治主義ならぬ〝放置主義〟を政府が奨励してきたようなものである。

 主観的、扇動的報道を得意(とくに日本がらみで)とする韓国メディアは、韓国にとって不都合でイヤなことは意図的に縮小ないし軽視、無視するのが常である。韓国政府も慰安婦像の国際法上の問題には基本的に知らん顔をしてきた。外相をはじめ政府当局者は、質問されると「民間団体がやることに政府はあれこれ言えない」などととぼけた(!)ことを言い続けてきたのだ。

 ところが今回、日本政府の対韓強硬策を機に、かねて日本が主張してきた国際法違反論がやっと韓国で〝陽の目〟をみたのだ。意図的に無視ないし軽視されてきた国際法違反論が今回、韓国政府(外交省)および韓国マスコミによって初めて(!)日本側の主張としてまともに紹介された。

 その一部を紹介すると、東亜日報一月九日付の「東京特派員コラム」は、「ゴールポストを動かす韓国」というタイトルで韓国を批判する日本の主張と世論を珍しく客観的に伝えている。この記事は、安倍首相がバイデン米副大統領に電話をし、事前に対抗措置の了解を得ていたことなどに触れた上で、最後はこう結論付けている。

「国際社会で信頼は最も大きな国益であり一日二日でできるものでもない。再び〝それ見ろ、韓国はやはりゴールポストを動かしているじゃないか〟という嘲笑が早くも耳元で聞こえる。日本の措置は憎たらしいけれど、感情だけで動くのは国益になりえないという点も一度くらいは考えてみる時だ。そして時には非難されてでも国民を説得できる政治家も必要だ」

 実に正論である。反日報道まみれの韓国メディアでこんな記事に出くわすとホッとするが、この記事が異例にまともなのは、以下のように日本の報道(世論)を紹介するかたちで、〝事実関係〟をちゃんと伝えていることだ。

続きは正論3月号でお読みください

■ 黒田勝弘氏 昭和16(1941)年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信社に入社後、韓国延世大学校に留学。ソウル支局長などを経て平成元年から産経新聞ソウル支局長を務める。日韓関係の報道でボーン・上田賞、日本記者クラブ賞、菊池寛賞を受賞。著書に『韓国人の歴史観』『韓国 反日感情の正体』など。