雑誌正論掲載論文

特集 朴槿恵政権崩壊 言論弾圧の果てに…韓国の自由は死んだのか

2017年01月25日 03:00

評産経新聞元ソウル支局長 加藤達也 × 拓殖大学教授 呉善花 月刊正論2月号

 呉善花氏 韓国の朴槿恵大統領に対する弾劾訴追案が国会で可決されました。弾劾訴追案は2004年3月、盧武鉉政権のときに可決されて以来2例目となります。現在、朴氏の大統領権限は停止され、黄教安首相が職務を代行していますが、韓国の国政は機能不全に陥ったといっていいでしょう。

 今回の事態は朴大統領の親友の民間人、崔順実が国政に関与していた「崔順実ゲート事件」に端を発しました。早くから弾劾訴追を心配する声がありましたが、それが現実となった形です。本当に致命的な事態だと思います。

 今回の事態に対して私にはさまざまな思いがあります。しかし、それよりも弾劾可決に至るまで、さらに弾劾可決がもたらす局面ごとに周辺国が韓国の混乱に振り回され続ける、そうした状況を憂慮しています。思い返せば、朴政権のこの3年、4年間は、周辺国は韓国によって翻弄され続けたのです。

 中国に接近を図ったことで中国を一時迷わせ、それによってアメリカも振り回しました。日本だってどれだけ振り回されたことか。そのことによる韓国の国家的な損失の方が事件そのものよりどれほど大きいかと思えてなりません。韓国人の側から、そうした重大性を憂慮する声が出ていないことが気になります。そのことで韓国がより大きな困難に陥るのではないかと思っています。

 加藤達也氏 今呉先生が指摘されました、周辺国へもたらす混乱という話ですが、それはまず安全保障の分野で現実の問題として浮上しているように思います。保守政権として成立した朴槿恵政権が引き倒された今回のデモを主導したのは、北朝鮮に従属しようとする人たちだという情報があります。デモの原因を作った朴氏に問題の根源があることは否めませんが、韓国の次期政権が北朝鮮寄りの政権になっていくと、反日に加えて北朝鮮に従順で親中国の政権が出来てしまう。それは日本の新たな脅威になる恐れがあると思うのです。

 呉 確かにこのままだと次の大統領は野党の文在寅氏だと容易に想像がつきます。文在寅氏はもう強烈な親北朝鮮の政治家です。政策も親北朝鮮的な政策が採られ、そうなれば韓国はもう本当に大混乱に陥ることが避けられない。中国も後ろに控えていてそれをたくみに利用する―という光景が目に浮かびます。

 加藤 文在寅氏は盧武鉉氏の側近だった人物です。盧武鉉時代とそっくりそのまま同じことをやろうとしている。盧武鉉氏は経済政策で大きな失敗をしましたが、その経験を元手にして、従北朝鮮、親中国の外交政策をやっていくと思います。

 呉 盧武鉉氏は韓国を「いき過ぎた資本主義」といっていました。だから貧富の格差が激しくなる、だからバランスを取るのだ、とばかりに財閥の利益を再分配によって平等化を図る政策を始めたが、企業が外にお金を持っていってしまい大失敗に終わってしまう。結果的に経済の悪化を招きました。

 一方、親北朝鮮的な政策は成果を収めました。まず教科書を変え、歴史教科書を北朝鮮の教科書に内容的に近づけたのです。盧武鉉氏の考え方というのは韓国社会がもうどうにもならない状態に陥っている、貧富の格差は酷い、倫理は崩壊し家族主義も崩れ、お年寄りを敬うことすらない、こんなどうしようもない今の韓国社会から、古き良き時代をうまく再生しよう。古い時代に戻るのではなく、その精神性だけをうまく取り戻していけば新しい資本主義を超えた世界をつくることができるという考えでした。

 北朝鮮のチュチェ思想はどう位置づけられるか、といえば朱子学を徹底的に分かりやすくつくり上げたもので、そうした考え方を導入して国をつくっていけば、朝鮮半島はアジアの時代の中核になると構想しているのです。

 問題はそうした構想を韓国の若者たちがどうみているか。簡単にいえば飛び付いてしまっているのです。若い人たち、特に40歳以下の人たちは親北朝鮮というより盧武鉉的な考え方に圧倒されたように盧武鉉シンドロームといっていい状況が起きている。最終的に盧武鉉氏は自殺しましたので神格化されてしまいました。今回の弾劾デモでもキリスト教集団の牧師が説教しているのですが、イエス・キリストは一度復活したが盧武鉉は何度も復活するなどといっている。そうした盧武鉉シンドロームを取り込んで再びうまくやっていきたいというのが文在寅の考え方なんです。

 加藤 特に心配なのは、すでに日本と韓国の間で結ばれた日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)です。すでに署名されていてあとは実行する段階なのですが、韓国が親中国になると、韓国に渡した軍事情報が中国に流れる懸念がある。現に韓国国防相は自ら「中国にもGSOMIAを呼びかけた」と表明しています。それから、慰安婦問題をめぐる日韓合意も無力化されるのは必至です。

 心配といえば日韓の通貨スワップ協定もあります。深刻な状態にある韓国経済の破綻を回避するために、ウォンの大暴落や通貨危機が最悪になる前に日本が韓国ウォンを受け取って保有するドルを渡すというものです。韓国からみれば日本という国際信用度の高い経済パートナーの後ろ盾があることを示せるわけです。

 ところが朴槿恵政権側、韓国政府側が大混乱になって話の進めようがないという状況です。政治混乱が激しすぎて議論を進める余力もないわけです。

続きは正論2月号でお読みください

■ 呉善花氏 1956年、韓国で生まれ、83年に訪日、東京外国語大学大学院修士課程修了。『スカートの風』がベストセラーになり、『攘夷の韓国 開国の日本』で山本七平賞を受賞。日本に帰化。拓殖大学国際学部教授。

■ 加藤達也氏 1966年、東京生まれ。91年、産経新聞社に入り浦和総局、夕刊フジ報道部、社会部などを経て2011年からソウル支局長。現在は社会部編集委員。著書『なぜ私は韓国に勝てたか 朴槿惠政権との500日戦争』で山本七平賞を受賞した。