雑誌正論掲載論文
NHKドラマ「東京裁判」 その歪んだ歴史観に異議アリ!
2017年01月15日 03:00
弁護士 高池勝彦 月刊正論2月号
ドラマ「東京裁判」は、「人は戦争を裁けるか」とサブタイトルを付してNHKで、十二月十二日から四夜続けて放映された。NHKは、公開された膨大な資料だけでなく、世界各地の公文書館や関係者に取材し、裁判官たちの私信や手記、証言を入手して「戦争は犯罪なのか」という根源的な問ひに、裁判官たちが真剣に向き合ひ、緊迫感あふれるヒューマンドラマであると誇つた。裁判官を演ずる俳優は、それぞれの裁判官の母国出身の俳優を起用し、東京裁判の実際の記録フィルムを現在の最高技術を駆使してカラーに変更して随所に挿入したといふ。
ここで思ひ出されるのは、NHKが平成二十一年四月五日から放映したシリーズ、JAPANデビューである。第一回は「アジアの“一等国”」と題し、日本の台湾政策だけに焦点をあて、何万点もの膨大な文献と世界各地に取材したと豪語した番組だが、意図的に誤つた編集を行つてをり、何万人もの抗議が殺到し、一万人以上がNHKに対して訴訟を起こす結果を招いた。
最高裁でNHKの賠償責任は否定されたが、東京高裁判決は、NHKのディレクターの取材態度を「報道に携わる者としてのマナーに反するものであり…今後は先入観に囚われることなく、取材を受ける者への共感の姿勢を忘れることなく取り組むべきである」などと判決理由で指摘した。これが今回の番組に生かされたか、私は興味を持つて見たが、まつたく生かされてゐなかつた。
極東国際軍事裁判、通称東京裁判は、昭和二十年九月二日、日本政府による降伏文書調印の九日後の九月十一日に、東條英機元総理大臣他三十九名、その後数十名が戦犯として逮捕された。
法廷は、昭和二十一年(一九四六年)五月三日に開廷され、以後昭和二十三年四月十六日まで四一六回審理され、同年十一月四日から土日を除いて連日七日間十二日まで、判決文が朗読された。
この番組の問題点は、事実を偏向して伝へてゐることである。のみならず、現在まで、大東亜戦争についての研究がかなり進んでゐるのにその成果をまつたく取り入れてゐない。
まづ、日本が起こした戦争、大東亜戦争は、侵略戦争であると断定し、その前提のもとで「人は戦争を裁けるか」といふ議論に終始する。東京裁判所条例では、侵略戦争を起こしたことを「平和に対する罪」と定め、A級戦犯を裁かうとしたのである。「人は戦争を裁けるか」といふことは、「平和に対する罪」で被告を有罪にできるかといふ議論である。
番組では、日本は、起訴されてゐるA級戦犯の指導の下で侵略戦争を始めた。侵略戦争は、昭和三年(一九二八年)のパリ不戦条約により違法となつた。だから、処罰できるではないか、いやいや、違法な指導者を罰する規定はパリ条約にはない、罰する規定がないのに罰するのは事後法ではないか、したがつて指導者を罰することはできない、しかしそれでは、将来の戦争を抑止できない、ここで指導者を罰しておけばこれが先例となつて将来の戦争を防ぐことになる、といつた議論が裁判官たちの間で繰り返される。
日本が侵略戦争を起こしたといふ印象を強めるために、番組では様々な工夫を凝らしてゐる。たとへば、インド出身のパル判事は、全員無罪の判決を書いたが、パル判事の後輩の裁判官に、パル判事は、日本が起こした戦争は侵略戦争であると認めてゐたと言はせてゐる。
オランダのレーリンク判事は、ドイツ文学者の竹山道雄と親しく交際したことが知られてゐるが、この番組にも竹山は何度も登場する。竹山はレーリンクに、我々が、このやうな戦争を指導者に起こさせないやうにしなかつた責任があると述べる。私は、果たして竹山がこのやうなことを言つたのか、疑問に思ふ。言葉そのものはこのとほりであつたとしてもはたしてこのやうな文脈だつたのか。
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■ 高池勝彦氏 昭和17年、長野県生まれ。早稲田大学法学部卒業。50年に弁護士登録(東京弁護士会)。新しい歴史教科書をつくる会会長、国家基本問題研究所理事などを務め、朝日新聞を糺す国民会議弁護団にも加わっている。