雑誌正論掲載論文

特集「死刑廃止」宣言 単なる報復ではない極刑の理論

2016年12月25日 03:00

評論家 小浜逸郎 月刊正論1月号

 去る二〇一六年十月七日、日弁連が福井市で人権擁護大会を開き、「二〇二〇年までに死刑制度の廃止を目指す」とする宣言案を賛成多数で採択しました。採決は大会に出席した弁護士で行われ、賛成五四六、反対九六、棄権一四四という結果でした。当日は犯罪被害者を支援する弁護士たちの反対論が渦巻き、採決が一時間も延長されたそうです。また同月九日、朝日新聞がこの日弁連の宣言を「大きな一歩を踏み出した」と全面評価する社説を載せ、これに対して同月十九日、「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」が「誤った知識と偏った正義感にもとづく一方的な主張」として、公開質問状を送付しました。同フォーラムは二週間以内の回答を求めており、回答も公開するとしています(以上、産経新聞記事より)。

 まず日弁連について。この団体は強制加入であり、全国に加盟弁護士は三万七〇〇〇人超いますが、今大会に集まったのは七八六人(わずか2%。賛成者だけだと1・4%)です。しかも委任状による議決権の代理行使は認められていません。こういうシステムで死刑廃止のような重要な宣言を採択してよいのでしょうか。団体の常識を疑います。

 次に朝日新聞の社説について。これはフォーラムの公開質問状が批判しているとおり、「死刑廃止ありきとの前提で書かれている」ひどいものです。論理がまったく通っていない箇所を引用します。

 《宣言は個々の弁護士の思想や行動をしばるものではない。存続を訴える活動は当然あっていい。
そのうえで望みたいのは、宣言をただ批判するのではなく、被害者に寄り添い歩んできた経験をふまえ、いまの支援策に何が欠けているのか、死刑廃止をめざすのであれば、どんな手当てが必要なのかを提起し、議論を深める力になることだ。》

 日弁連の総意として宣言が出された以上、弁護士の思想や行動は当然しばられます。これを著しく非民主的な手続きでごく一部の執行部が打ち出したということは、明らかな独裁です。また、あたかも被害者支援弁護士たちが「ただ批判」しているかのように書き、実態も調べずに「支援策が欠けている」と決めつけています。極めつけは「死刑廃止をめざすのであれば」というくだりです。被害者やその遺族に寄り添って死刑存続を望んでいる人たちが、いつの間に「死刑廃止をめざし」ている人に化けさせられたのでしょう。毎度おなじみ朝日論説委員の頭の悪さよ。作文の練習からやり直してください。

 さて朝日新聞は十一月二日付でフォーラムの質問状に回答しましたが、これについて記者会見を行った高橋正人弁護士は「聞きたかったのは、なぜ朝日は死刑存続を望むわれわれも死刑廃止に向けた議論に協力しなければならないと主張したのか、という点だったが、答えていない。残念だ」と話し、今後、再質問も検討するそうです。さもありなむ。

http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/sankei-afr1611080041.html

 ところで問題の日弁連の「宣言」の中身について検討してみましょう。正式名称は、「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」。

http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/civil_liberties/year/2016/2016_3.html

 結論から言うと、これまた「罪を犯した人の人権」にだけ配慮した一方的なもので、被害者および遺族の支援については申し訳程度にしか言及されていません。以下、この宣言における死刑廃止論の根拠を箇条書きでまとめます。

①平安時代には死刑がなかった。死刑は日本の不易の伝統ではない。

②国連の自由権規約委員会、拷問禁止委員会等から、再三勧告を受けている。

③誤判、冤罪であった場合、取り返しがつかない。

④法律上、事実上で死刑を廃止している国は一四〇か国あり世界の三分の二を占める。

⑤OECD加盟国のうち死刑を存続させているのはアメリカ、韓国、日本の三つであるが、アメリカは州によっては廃止しており、韓国は十八年以上死刑を執行していないので。OECD三四か国のうち、国家として統一的に存続させているのは日本だけである。

⑥死刑には犯罪抑止効果があるという説は、実証されていない。

⑦内閣府の最近の意識調査では「死刑もやむを得ない」という回答が八割を超えるが、死刑についての十分な情報が与えられれば、世論も変化する。

⑧そもそも死刑廃止は世論だけで決めるべき問題ではない。

⑨日本の殺人認知件数は年々減少しているのだから、死刑の必要性には疑問がもたれる。

⑩死刑は国家による最大かつ深刻な人権侵害であり、生命というすべての利益の帰属主体そのものの滅却であるから、他の刑罰とは本質的に異なる。

 だいたい以上ですが、ひとつひとつ検討します。

続きは正論1月号でお読みください

■ 小浜逸郎氏 昭和22(1947)年生まれ。横浜国立大学工学部卒業。幅広く批評活動を展開。国士舘大学客員教授。著書に『「死刑」か「無期」かをあなたが決める』(大和書房)、『デタラメが世界を動かしている』(PHP研究所)など多数。