雑誌正論掲載論文
国連人権理事会が放置した人権侵害 ジュネーブ本部訪問報告
2016年11月25日 03:00
拓殖大学客員教授 藤岡信勝 月刊正論12月号
九月十六日、私はジュネーブの国連人権理事会で、二分間のスピーチを行った。その報告から始めて、慰安婦問題の現状を整理し、今後焦点となることが確実なユネスコ「世界の記憶」事業の登録問題について、私見を表明したい。
捏造された慰安婦問題に取り組む民間の十四団体が結集した連絡組織である「慰安婦の真実国民運動」(加瀬英明代表)は、この九月に、第四次国連派遣団をジュネーブに送った。メンバーは総勢七人で、団長にはすでに五回のジュネーブ入りを果たしていた国連活動のベテランともいうべき藤木俊一氏(テキサス親父日本事務局代表)が就任した。私は派遣団のメンバーの一人として、人権理事会で二分間の英語によるスピーチを行う役目を引き受けた。
こう書くと、わずか二分間という発言時間の短さに驚く人もいるだろうし、そんな短時間でどれほど意味のある発言が出来るのか、いぶかしく思う人もいるはずである。しかし実際は、その内容とタイミングによっては二分間でも大きな反響を呼ぶことがある。
現に昨年七月、国民運動の第二次国連派遣団の中で、二人の日本人女性(杉田水脈、山本優美子の両氏)が国連の女子差別撤廃委員会でそれぞれ二分ずつ発言したがそれが委員会を動かし、紆余曲折はあったものの、今年の二月十六日に、同委員会で日本政府を代表する立場の外務省の外政審議官・杉山晋輔氏(現外務事務次官)の画期的な発言をもたらした。
杉山氏は、慰安婦問題の争点とされてきた三点セット、すなわち、①強制連行②性奴隷③二十万人、について、すべて否定したばかりでなく、それらについての誤解が朝日新聞の誤報によってもたらされたとし、「朝日新聞」という固有名詞に三度にわたって言及したのだった。日本の民間団体の二分間スピーチが、国連の機関と日本政府を動かして、日本政府の発言を引き出す役割を果たしたのである。
国民運動としては、この成果をあげたことで国連活動としては一区切りとなった。そこで、二○一四年の第一次国連派遣団から今年二月の第三次国連派遣団までの活動(及び一部、今年三月の活動も含む)について、私の編著で『国連が世界に広めた「慰安婦=性奴隷」の嘘』(自由社)を五月に刊行したので、参照していただければ幸いである。
日本政府に慰安婦について正しい見解を表明させた成果を受けて、私たちの運動は次の目標に進まなければならない。それは何かといえば、ズバリ、「クマラスワミ報告」の撤廃要求である。
「クマラスワミ報告」とは、国連の人権委員会(*注)が特別報告者として任命したスリランカの女性活動家・クマラスワミ女史が、一九九六年に提出した慰安婦問題に関する報告書のことである。
*注 当時の人権委員会と、現在の人権理事会を混同し、間違って記述したり、無頓着に区別しない人が多すぎる。国連の人権委員会は二○○六年に改称・改組されて人権理事会になった。詳細は前掲書399ページに比較表があり、省略するが、委員会(committee)よりも理事会(council)のほうがより恒常的で格上の組織であることは記憶しておいていただきたい。
クマラスワミ女史は日本と韓国を訪れ、元慰安婦や研究者に面会した。しかし、彼女は慰安婦の何が問題なのか理解出来ず悩んでいたようで、フライトの都合で訪問できなかった北朝鮮の、政府の提供した慰安婦の証言文書を読んで、初めて問題の所在を理解したようである。
北の資料とは、例の慰安婦の女性に対する拷問や、人肉をゆでて食わせるといった話を含む自称元慰安婦の証言である。こうして、「クマラスワミ報告」では、「慰安婦」という用語は女性たちの境遇を十分に表現しておらず、今後は「性奴隷」と呼ぶのが適切であると結論づけた。
それ以後、国連の名によって「慰安婦=性奴隷」説は世界中に広がり、ついには慰安婦像を設置するという恥ずかしげもない悪意に満ちた運動にまで発展してしまった。「クマラスワミ報告」は、こうして、「性奴隷」説を権威づける原点となってきたのである。
そこで、国連の姿勢を根本から変えるには、デマの原点となってきた「クマラスワミ報告」の見直し、さらには撤回を求める運動を進めなければならない。今年は「クマラスワミ報告」が出されてからちょうど二十年目にあたる年でもある。
では、どの場面で持ち出すか、ということになるが、丁度九月十三日から三十日まで、ジュネーブの国連欧州本部で人権理事会の定期会合が開かれるので、ここに持ち込むことにした。
まず、手続きとして国連人権理事会に発言の申し込みをする必要がある。申し込みには、千五百語以内のレポート(英文)を提出することが義務づけられている。二分間スピーチは、いわばこのレポートの要約という関係になる。
このレポートでは、クマラスワミ報告が間違ったデータに基づくもので、見直しが必要であることを訴えるとともに、それによって慰安婦をネタにした日本人差別が生まれ、新たな人権侵害が起こっており、それはすでに「反日レイシズム」と呼ぶべき現象となっていることを書いた。当然ながら、国連人権理事会は何らかの人権問題について訴える場なのである。
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■ 藤岡信勝氏 昭和18年、北海道生まれ。北海道大学教育学部卒。東京大学教授などを経て現職。平成7年、自由主義史観研究会を組織、「新しい歴史教科書をつくる会」元会長。著書・共著に『教科書が教えない歴史』(扶桑社)、『国難の日本史』(ビジネス社)など多数。