雑誌正論掲載論文

いずれにしろ、もう米国頼りはだめだから――

2016年11月05日 03:00

ジャーナリスト 櫻井よしこ 月刊正論12月号

 オバマ大統領に代わる新しいアメリカの大統領が11月8日に決まります。大統領選に向けて行われた民主党、ヒラリー・クリントン氏と共和党、ドナルド・トランプ氏によるテレビ討論会が終わりましたが、はじめから互いの激しい個人攻撃が目立ち、外交や安全保障をはじめとした政策論争は影を潜め、大統領選史上、最も醜い討論「アグリエスト・ディベート(ugliestdebate)」などと評されました。

 テレビ討論を通じて見えてきたのは、アメリカがもはや国際政治や安全保障において世界の偉大なリーダーではなくなりつつあるということです。現状のアメリカの国力をみれば依然としてアメリカはあらゆる分野で世界一です。軍事力では圧倒的な強さを誇っていますし、経済力でも世界一です。技術、教育の水準も世界一といっていい。しかし、大統領選で展開された議論からは、アメリカがこれからの世界秩序をどう描いているのか、いかに築いていこうとしているのか、が伝わってこない。甚だ心許ない思いになります。

 戦後一貫して続いてきた「パックス・アメリカーナ」―アメリカの存在とイニシアチブによって世界の平和が維持されてきた―の時代が紛れもなく終了しつつあるという実感を抱きます。

 アメリカの力に相対的な陰りが出てくるなかで大切なことは、アメリカにさまざまな形で安全を保障されてきた国々が今後、アメリカの後退した分、それによって生じる力の空白をどのように埋め合わせていくかという問題でしょう。なかでも日本はどうするのか。日本国の安全保障をどう担保するのか、待ったなしの対応が必要です。

 日本にとっていつの時代も対米関係は対中関係です。アメリカと中国の動き、とりわけ中国が何をしようとしているのか。ここをしっかり見ておかなければなりません。

 中国の習近平国家主席はアメリカが大統領選に明け暮れている間にもさまざまな国に積極的な首脳外交を展開しています。この原稿をまとめている10月18日には、南シナ海問題を抱えているフィリピンのドゥテルテ大統領が訪中します。中比の首脳会談は南シナ海問題の今後を左右するだけの大きな影響を及ぼすものです。オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が中国の蛮行は国際法上も歴史的事実に鑑みても受け入れられないとして、南シナ海の埋め立て、軍事要塞化を全面否定しました。

 国際社会の視点に立てば、この裁定は中国に国際法を守らせる強制力になります。従って、ドゥテルテ大統領が仲裁裁判所の裁定を軸に対中交渉をするのか、裁定に関わりなく交渉をするのかによって、国際社会の対中姿勢も影響されます。

 第三国である私たちはそれを見守るしかありませんが、南シナ海は日本にとっても重要な海です。中国に国際法を守らせる方向でフィリピンに助力しなければなりません。

 バングラデシュで中国は発電所建設や港湾・鉄道整備などのインフラ事業136億ドル、実に1兆4000億円を持ちかけています。またその前日には200億ドル(約2兆円)の融資も決めました。中国が得意とするマネー外交をフル回転させています。これほどの融資枠はバングラデシュでは過去例のない規模です。お金の洪水の中で、バングラデシュは中国の言うがままになっていると言ってよいでしょう。

 10月13日にはカンボジアのフン・セン首相と会談し中国が提唱するシルクロード経済圏(一帯一路)構想に基づき、経済協力を強化する方針を確認しました。カンボジアに最大規模の援助を与えているのは実は日本ですが、カンボジアは中国に接近してしまっています。南シナ海問題では中国の代弁者であるかのような発言をして、ASEAN全体として中国に国際法無視の行動を抑制せよと呼びかけることさえできないように阻止しました。これは巨額の援助に加えて、30年以上も政権の座にいるフン・セン首相の腐敗に、中国が目をつぶっていることもあるでしょうか。

 インドに対しても中国は硬軟両様の経済・安保外交を展開してきました。

 覇権主義に基づく軍事力の増強と巨額のインフラ投資や融資による諸国への圧力。中国のこうした動きに米国がストップをかけることができずにいます。

 南シナ海に関する常設仲裁裁判所が中国の主張を退けたことはすでに触れましたが、このような状況に至るまでオバマ大統領は中国による埋め立てや軍事要塞化の動きを逐一知っていながら、阻止することをしなかったのです。国防総省や軍事の専門家は、米軍の艦船や航空機を派遣すべきだとオバマ大統領に切望してきましたが、大統領が決断しないなかで、中国の膨張は阻止できない程に進んでしまいました。

 そうしたなか、アメリカはもはや台湾を守りきれないという分析が、国防総省直属のシンクタンク、ランド研究所などによって警告されるようになりました。極めて深刻な状況です。

 直近の動きで非常に気になるのが、10月17日、中国が2人の宇宙飛行士を乗せた宇宙船「神舟11号」を打ち上げたことです。内モンゴル自治区の酒泉衛星発射センターから飛び立った中国の6度目の有人宇宙船は、無人宇宙実験室「天宮2号」に、ドッキングし、2人の飛行士は30日間宇宙に滞在します。

 中国は宇宙ステーションを2022年までに完成させ、30年までに月に基地を作り、中国人の月移住も始めたいと考えています。

 狙いは何か。少なからぬ専門家が中国の軍事的意図を懸念しています。宇宙は21世紀の人類に残された未踏の領域であり、宇宙経済を支配できれば、地球経済も支配可能となります。宇宙で軍事的優位を打ち立てれば、地球も支配できるのです。

 アメリカのシンクタンク「国際評価戦略センター」主任研究員のリチャード・フィッシャー氏は、中国の宇宙開発の目的のひとつが宇宙経済の支配だとしたうえで、次のように語っています。

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■ 櫻井よしこ氏 ハワイ州立大学歴史学部卒業。日本テレビニュースキャスターを経て、フリーでジャーナリスト活動を開始。第26回大宅壮一ノンフィクション賞、第46回菊池寛賞を受賞。平成19年、国家基本問題研究所を設立、理事長に就任。著書に『日本の決断』(新潮文庫)、『GHQ作成の情報操作書 「眞相箱」の呪縛を解く―戦後日本人の歴史観はこうして歪められた』(小学館)など多数。