雑誌正論掲載論文

緊急シミュレーション 日中・尖閣衝突

2016年07月05日 03:00

評論家・拓殖大学客員教授 潮匡人 月刊正論8月号

 二〇一×年×月×日、ついに政府は防衛出動を自衛隊に下令した。戦後日本にとって初めての出動命令である。発端は二〇一六年六月九日に発生した、人民解放軍(中国海軍)のフリゲート(艦)による尖閣諸島周辺の接続水域への侵入だった。当時の様子から振り返ってみよう。

 まずロシア海軍の駆逐艦など3隻が尖閣付近の接続水域に入り、北東に航行した後、接続水域から出た。その動きに合わせるように九日午前〇時五〇分ごろ、中国フリゲートが尖閣諸島の久場島北東の接続水域に入った。海上自衛隊の護衛艦「せとぎり」が監視と無線による呼びかけを続けた。

 民主党政権下なら、こうはならなかったであろう。自民党政権となり、警戒監視体制は強化された。違いは外交でも現れた。外務省の斎木昭隆事務次官が深夜午前二時にもかかわらず、中国の程永華駐日大使を外務省に呼びつけ抗議。速やかに接続水域外に出るよう強く求めた。フリゲートは2時間20分近く接続水域内を航行した後、午前三時十分、久場島と大正島の間を北に向かい、接続水域から出た。安倍晋三内閣の毅然とした姿勢の成果とも評し得よう。

 中国海軍の艦艇が接続水域に入ったのは、このときが初めてである。中国海警局の船が領海や接続水域に侵入することは過去あったが、軍の艦船が侵入したことはない。「海警」は国際法上「その他の政府船舶」に当たるが、フリゲートは名実とも「軍艦」である。実務上も両者は区別されている。

 現場の隠語で言えば「海警」は「白い船」だが、フリゲートは「灰色の船」である。実際、前者は白い塗装だが、中国海軍や海上自衛隊にはグレー(灰色)の塗装を施した艦船が多い。

 日本の海上保安庁は、言わば海の警察(または消防)である。陸を走るパトカーが白いのと同じように、海保の船舶は目立つように白く塗装してある。逆に軍艦は目立たないよう灰色に塗装する。陸上で兵士らが迷彩服を着ているのと同じ理由だ。一見して分かるとおり両者の任務や役割、その能力は格段に違う(詳しくは拙共著『尖閣激突』扶桑社)。

 その「灰色の船」が尖閣に現れた。二〇一六年六月の話ではない。話は民主党政権下の二〇一二年に遡る。当初、中国は民間の漁船や抗議船を差し向けてきた。海上保安庁の制止を振り切り、不法上陸したケースもある。漁船の次が中国政府の公船。「海監」そして「漁政」と派遣艦船の規模や能力が拡大していき、同年九月、尖閣の北方海域で、中国海軍の艦艇が2隻、展開している姿が確認された(同年九月二十一日付「産経新聞」朝刊)。

 それは四年後の二〇一六年と同じ「フリゲート」であった。フリゲートは巡洋艦(クルーザー)や駆逐艦(デストロイヤー)に次ぐクラスの軍艦の艦種を指す。ただし二〇一六年に登場したジャンカイ型フリゲートは従来の中国フリゲートと比べ、高い戦闘能力を有しており、とくに新しいⅡ級は艦隊防空能力も持つ。大型化されており、必ずしもフリゲートの範疇に留まらない。

 民主党政権下の日本は過剰なまでに抑制的な姿勢で中国の海洋進出に対峙した。なのに、中国は軍艦(フリゲート)を差し向けてきた。「白い船には白い船を。灰色の船には灰色の船を」。それが海の常識である。中国が灰色の船(軍艦)を展開させてきた以上、こちらも自衛隊で対処しなければならない。尖閣周辺では以前から、海上自衛隊の(対潜)哨戒機P3―Cが監視飛行を続けていたが、二〇一二年のフリゲート出現を受け、画像データ収集機能を持つ海自機OP―3が展開、航空自衛隊の空中警戒管制機AWACSや早期警戒機E2―Cなどによる警戒態勢が強化された。

 二〇一二年も日本海上で、ロシア空軍の電子情報収集機IL20と戦術偵察機Su―24の2機が執拗に領空への接近を繰り返していた。その前年に発生した東日本大震災の直後も、中国は「国家海洋局」の航空機を海自護衛艦に異常接近させ、ロシアがIL20を領空に接近させていた。

 再びフリゲートが出現した二〇一六年の際も、ロシア軍艦艇の行動と「軌を一にする」動きを見せた。中露がどこまで連携した動きだったのか。専門家の見方は分かれるが、二〇一六年の出来事が二〇一二年の再現とも評し得る点には注意を要する。ただ一つ重大な違いがある。二〇一二年のとき、中国フリゲートは2隻とも日本の領海や接続水域の内側には入らず、まだ行動が抑制されていた。それが二〇一六年、接続水域に侵入した。この違いは大きい。

 そもそも接続水域とは何か。国連海洋法条約第三十三条はこう定める(以下の「沿岸国」は尖閣対応で言えば日本)。

「1 治岸国は、自国の領海に接続する水域で接続水域といわれるものにおいて、次のことに必要な規制を行うことができる。

(a)自国の領土又は領海内における通関上、財政上、出入国管理上又は衛生上の法令の違反を防止すること。

(b)自国の領土又は領海内で行われた(a)の法令の違反を処罰すること。(以下略)」(外務省経済局海洋課監修『国連海洋法条約〔正訳〕』成山堂書店)

 条約にあるとおり接続水域では、出入国管理法違反などを防止するための「必要な規制」が認められている。問題はどこまで「規制」できるかだ。接続水域はあくまで公海の一部である。ゆえに検査や警告といった事実上の規制や予防的な警察措置に留めるべきであり、具体的な法令違反がない限り、拿捕や逮捕といった強制措置までは含まれない(山本草二『国際法』有斐閣)。

 ならば実効的な措置はとれないのか。必ずしもそうではない。規制対象船(中国船)が警告を無視し、実力で抵抗した場合、国際法上も強制措置を講じる根拠となり得る。二〇一二年、尖閣に不法上陸されたケースでは、海保が接続水域で拿捕や逮捕といった強制措置をとっても国際法上の疑義はなかった。日本の「領海及び接続水域に関する法律」は「接続水域における我が国の公務員の職務の執行及びこれを妨げる行為については、我が国の法令を適用する」と規定する(第五条)。つまり中国漁船が日本の領海に侵入する以前の接続水域の段階で、国内法上も「我が国の法令を適用」し、公務執行妨害罪を問えた。

 だが当時の民主党政権はそうせず、不法上陸を許した。接続水域どころか、日本の領海に侵入され、さらに領土である尖閣諸島の魚釣島に上陸された。公務執行妨害罪は不問に付された。しかも上陸後に逮捕した被疑者は釈放。「弱腰」ならぬ「腰抜け」の対応に終始した。

 もし当時から接続水域での対処が問題とされ、再発防止策が講じられていれば、二〇一六年六月の中国フリゲートによる接続水域侵入は起きなかったかもしれない。

 いずれにせよ、不法上陸された二〇一二年八月十五日以降、中国公船が大挙して、尖閣諸島付近の接続海域に押し寄せ、再び領海侵入を許す羽目に陥り、さらに周辺海域にフリゲートが出現する展開となった。

 そして二〇一六年に再び中国フリゲートが出現し、念願の接続水域侵入を果たした。国連海洋法条約は「締約国は(中略)武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも(中略)慎まなければならない」と明記する(第三百一条)。中国の行動は海洋の平和的利用を求めた右条約に違背している。「平和的手段による解決を求めなければならない」と明記した国連憲章にも違反する(第三十三条)。「日本国及び中国が、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認」した日中共同声明その他、あらゆる国際条約や外交文書に反する。

 もはや確信犯と断じるほかない。中国の一方的かつ不当不法な行動により、尖閣周辺の軍事的な脅威は確実に高まった。「白い船」同士の睨み合いを超えた文字どおりグレー(灰色)な世界に突入していった。

 二〇一六年六月時点で「開戦前夜」と評すべきだった。都知事の金銭スキャンダルで騒いでいる場合ではなかった。法改正を含めた再発防止策を講じるべきだった。そう日本国民が気づいたときには遅かった。もはや日本政府には防衛出動を発令する以外、打つ手は残されていない。

 なぜ事態が急変したのか。以降の展開をみてみよう。二〇一×年×月×日、海上自衛隊が懸念したとおり、みたび中国フリゲートが尖閣周辺海域に現れた。前回の二〇一六年六月はジャンカイⅠ級フリゲートだったが、今度はさらに高い戦闘能力を持つジャンカイⅡ級である。残念ながら海上保安庁の手にはおえない。もし交戦すれば、撃沈必定であろう。

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■ 潮匡人氏 昭和35(1960)年生まれ。早稲田大学法学部卒。旧防衛庁・航空自衛隊に入隊。早大院法学研究科博士前期課程修了、航空総隊司令部などを経て3等空佐で退官。帝京大学准教授など歴任。