雑誌正論掲載論文

「共産党は暴力革命維持」政府見解の正当性 戦後の日本で「戦争をした」唯一の政党

2016年05月15日 03:00

拓殖大学客員教授 藤岡信勝 月刊正論6月号

 北海道選出の衆議院議員で、民主党を離党し現在無所属の鈴木貴子代議士は、三月十四日、「日本共産党と『破壊活動防止法』に関する質問主意書」を政府に提出した。主意書は六項目に分かれているが、そのうち質問の中心部分にあたるのは、次に引用する第二項と第三項である。

《二 昭和五十七年四月一日、第九十六回国会、参議院法務委員会に於いて、公安調査庁は「破防法」に基づく調査対象団体として、左翼関係として七団体、右翼関係として八団体ある旨答弁されていると承知するが確認を求める。

三 二にある「左翼関係として七団体」に日本共産党は含まれているか、(中略)現在も公安調査庁は、日本共産党を「破防法」に基づく調査対象団体と認識しているか、確認を求める。》

 これに対し、政府は三月二十二日に答弁書を閣議決定した。右の二つの項目については、次のようにまとめて回答している。

《二及び三について

 御指摘の昭和五十七年四月一日の参議院法務委員会において、鎌田好夫公安調査庁長官(当時)が、破壊活動防止法に基づく当時の調査対象団体の数について「いわゆる左翼系統といたしまして七団体、右翼系統といたしまして八団体程度」と答弁し、当該調査対象団体の名称について「左翼関係としましては日本共産党…等でございます」と答弁している。

 日本共産党は、現在においても、破壊活動防止法に基づく調査対象団体である。》

 なぜこの時期に、鈴木貴子はこのような質問主意書を出したのだろうか。(以下、人名の敬称を省略する)その背景を考えてみる。

 日本共産党は、過去十数年、政界でそれほど存在感を発揮していたわけではなかったが、昨年あたりから大変な元気を取り戻し、一躍注目を浴びるようになった。なぜか。

 昨年、安倍内閣は集団的自衛権を行使できると憲法解釈を変更した。そして、それに伴う一連の法律の改正案を国会に提出した。これに対して、久しぶりに、「安保法制」反対の大衆運動が盛り上がったのである。そこでは、自然発生的な学生、青年、主婦などの動きもあった。SEALsという団体などは、マスコミが持ち上げて報道したので、すっかり運動の寵児となった。共産党はこれに目をつけて、陰陽両面の支援をおこなった。

 他方、政界では長年、共産党は蚊帳の外に置かれていたが、二月に共産党を含む野党の党首会談が行われ、共産党主導で今夏の参議院選挙の選挙協力がすすめられているのである。

 共産党は四月十日、十一日の両日、党本部で第五回中央委員会総会(五中総)を開いたが、志位委員長がおこなった幹部会報告には、「かつてない」とか「初めての」などの言葉が実に十六回も使われていた。

 例えば、「安保法制=戦争法に反対するたたかいを通じて、国民一人ひとりが、主権者として、自由な、自発的な意思で立ち上がり、声をあげる、戦後かつてない新しい市民運動、国民運動がわき起こり、豊かに発展しています」のような言い方がなされており、千載一遇のチャンスとしてとらえていることがうかがえる。

 共産党は自信をつけ、相当の手応えを感じていることは間違いない。

 四月二十四日、今年の夏の参議院選挙の前哨戦と位置づけられる、衆議院の補欠選挙が、北海道五区と京都三区で行われる。京都三区は自民党の現職議員が女性スキャンダルで辞任したための補欠選挙なので、自民党は候補者をたてることができない。それで、北海道五区が、参議院選挙の動向を占う意味をもつことになった。そして、自民党の候補者に対し、野党は共産党を含む各党が共同して一人の候補を推す選挙協力が実現した。

 しかし、北海道で一定の支持基盤を持っている新党大地の鈴木宗男は、これに加わらず、自民党候補を応援すると表明した。鈴木は「理由はただ一つ、共産党を入れての統一候補などは有り得ないからです」と言い、「そもそも共産党とは国家観、世界観が全く違います。例えば共産党は公式HPを見てみれば、いまなお『共産主義の社会をめざして』という文言を掲げて、その旗は降ろさないと宣言しています。共産主義など、自由と民主の理念からは到底相容れないものですし、いまだ破防法に基づく調査対象の団体として監視されている政党です。そんな政党と組めるわけがない」(『WiLL』5月号、「なぜ私は共産党と組めないのか」)と、その理由を語っている。

 ここに、共産党は破防法の調査対象である、という問題を提示している。そこで、鈴木宗男の娘にあたる貴子が、先のような質問主意書を提出するに至った、というわけである。これは、共産党に一矢放っておきたい政権の意向とも一致しただろうから、好都合であり、閣議決定による回答となったのである。なお、鈴木宗男は昨年の十二月二十八日、官邸で安倍首相に会い、今後の協力を約束したと述べている。

 鈴木父子のこの政治的な態度表明と行動を、私は妥当なものだったと考える。国民に責任をもつ、政治家としての最低限の矜恃であるとさえいえよう。

 日本共産党とは一体、どのような政党か。この組織に人生の一時期、加入していた者として、やや体験的にのべてみたい。

 私が北海道大学に入学したのは一九六二年の四月だったが、六三年の三月、私は共産党に入党した。ほどなく、新入党員向けの講座があった。北海道委員会の幹部の方が講師で、党の歴史を講義した。最初に印象深かったのは、戦前の日本共産党の正式名称は、「コミンテルン日本支部日本共産党」であるということだった。「コミンテルン日本支部」が必ず先に来なければならない。そのあと「日本共産党」が下につくのである。講師は、これを誇らしげに語った。

 ところで、このコミンテルンという言葉がわかりにくい。どう説明したらよいのか。地方の講演で、あるとき、終了後、聴衆のひとりから、「先生の話はよくわかったが、コミンテルンのことだけは、どうもよくわからなかった。イメージがわかない。今度、我々にもわかるように、話し方を研究して下さい」と要請された。率直に指摘していただいて有り難かった。それで、このことは私の宿題の一つなのだ。

 一度もコミンテルンという言葉を聞いたことのない人は、どんなものを思い浮かべるのであろうか。

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■ 藤岡信勝氏 昭和18(1943)年、北海道生まれ。北海道大学教育学部卒。東京大学教授などを経て現職。平成7年、自由主義史観研究会を組織、「新しい歴史教科書をつくる会」元会長。著書・共著に『教科書が教えない歴史』(扶桑社)、『汚辱の近現代史』(徳間書店)、『国難の日本史』(ビジネス社)など多数。