雑誌正論掲載論文

【徹底討論】トランプ旋風という超大国の退潮現象 日本に残された道は核武装しかないのか

2016年05月05日 03:00

評論家・拓殖大学客員教授 潮匡人/東京大学講師 三浦瑠麗 月刊正論6月号

 潮 今日はアメリカ大統領選挙の共和党指名争いでドナルド・トランプ氏が支持を集めている、いわゆる「トランプ旋風」について、一体、アメリカでいま、何が起きているのか。そして、日本の外交や安全保障にとって、どう影響するのか考えていきたいんですね。四月中旬、まさにトランプ旋風が吹き荒れていて、おそらく、この対談が掲載される正論六月号発売時点でも、おさまってはいないでしょう。こうなることを去年の段階で予測していた人は、私の知る限り、マスメディアやアカデミズムで活躍している方にも誰一人いませんでした――もちろん希少な例外もあるかもしれませんが。アメリカ国内でも、そうだったのではないでしょうか。そういう意味では、ジャーナリストや学者、研究者の見識も問われるのかもしれませんが、それはともかく、専門家ですら見誤った何かがあるのは事実でしょう。

 三浦 アメリカでも私の知る限りは、「レーガンの再来だ」と言い張っていたジェフリー・ロード氏という政治コメンテーターが一人いる程度で、その他の人たちは、「そのうち絶対に潰れる」と言っていたわけですね。その理由の一つには、大統領選は長期戦なので、あら探しも行われ、政治的に正しくない発言は追及される。その過程で潰されるだろうと考えられたということがあります。私自身も昨秋の時点では、そう思っていました。二つ目に、やはりトランプ氏を認めたくない、否定したいという心理が有識者にありました。これに対し、トランプ人気がなぜ長続きしているかといえば、まず戦略を変えてきていることがあります。トランプ氏はもともと州の党員集会のような、日本の小選挙区程度の投票人規模だと、草の根の組織を持っているテッド・クルーズ氏と比較すると弱かったんですが、アイオワ党員集会での敗北を受け、プライベート・ジェットで飛び回るTV向けの選挙戦から徐々に地元の集会レベルに下りていった。その戦略の変化が支持者の伸びに繋がっています。今ではマスコミで有識者がトランプ氏を否定すればするほど、有権者は反発し、自分の決断を正当化し、トランプ氏への忠誠心を深めてしまう現象が起きています。

 有識者はなぜトランプを否定したかったのか。私が思うに、エリートにはエリート支配の持続可能性が大事で、それを揺るがすような、既存の言説では説明がつかない候補に拒絶感を抱く傾向にあるからでしょう。人間としての防衛本能だと思うんです。だから逆に看過し難いほど躍進し続けると、「トランプ大統領になっても大丈夫」と一八〇度言説を転換することになります。有識者は現状維持を重視するあまり現状追認にもなり易いというのがポイントです。重要な事は、まずトランプ旋風を支える民の力を侮ってはならないということ。トランプ氏は危険な存在かもしれませんが、その存在の大きさも見誤ってはいけない。

 潮 一般によくエスタブリッシュメント離れ、拒否感がトランプ旋風の一つの原動力になっているというようなことが言われますが、それは民主党でクリントン氏と争っているサンダース氏の人気にも当てはまるところがあると思いますね。トランプ氏が最終的に大統領にならない可能性は十分あるとは思うんですが、そうなった場合でも、アメリカの世論の傾向は新大統領に影響を及ぼしていくわけですから、日本としては、今の現象をどう考えてアメリカと今後付き合っていくべきなのかという問題が、重要な課題として突きつけられているのではないかと思います。

 三浦 そうですね。

 潮 トランプ旋風から見える大きな流れとしては、アメリカの凋落というか、内向き志向ということが顕著になり、明らかにアメリカの覇権に翳りが出ているということです。私は覇権循環論で知られるジョージ・モデルスキーの議論などに強く影響を受けてますが、彼が言うように覇権が約百年のスパンかはともかく、アメリカの覇権もいずれは落ちていく。だとすれば、それが来年でないとしても、いずれ来るその未来に日本はどう備えるか、という問題なんですね。トランプ氏は、日米同盟はアメリカにとってアンフェアだと主張し、北朝鮮や中国に対する安全保障の負担を、日韓に求めていますね。日本の核武装容認論についても言及しました。凋落するアメリカの力の空白を埋めることを求められているんです。

 三浦 私は、いまのアメリカを「帝国からの撤退」という観点から見ています。つまり、帝国が帝国という立場から「撤退」するときは、旧帝国と新興帝国が戦って敗れた結果、撤退するという仮説が権力移行の議論の基礎にありましたが、そうではなくて、実際には旧帝国が自分で退いてしまう例のほうが多いということなんです。ルボウ氏の最近の研究でも、超長期スパンで過去の戦争を振り返れば、覇権交代戦争はほとんど起きてないと指摘していますが、私も同じ考えです。米国と中国との関係を考えると、やはり中国は米国が退くまで待つほうが得策と判断するでしょう。

 潮 要するにトランプ氏は、北朝鮮を攻撃するのは、韓国や日本の役割だと言っているわけですが、これについては、日本は是非そうすべきだ、というのが、当面の私の結論です。我が国の核武装の議論についても、今以上に踏み込まなければならない動機や合理性が既に生まれていると理解しています。「時期尚早だ」「それは間違っている」という議論もあり得ると思いますが、では本当にトランプ大統領になってアメリカ政府から公式に「日本は自力で防衛せよ。核武装せよ」と言われたら、どうするのか。そうなったら、いま議論しているのとは別次元の大問題が起きますよ。

 非武装や平和主義をいってきた人たちは厳しい現実を突き付けられますが、本来、そのようにすべきだと考えてきた保守や右陣営の人たちの中からは、「何でもアメリカの言いなりじゃないか。イラクに行けと言われれば行き、北朝鮮を攻めろと言われれば攻め、核武装しろと言われればするのか。戦後日本は何も変わってない」という反発が出てくるんですね。これは最悪ですよ。

 三浦 国内で保守からそういう批判が高まるというのは、ちょっと考えなかったですけど、非常に重要なポイントだと思いますね。

 潮 だから、私は「いや、トランプに言われる前に、今、その議論をしましょう。日本の問題としてこのことを捉え、できれば年内にも法整備しましょう」と言いたいんですね。トランプ大統領になろうが、なるまいが関係ありません。例えば、今の平和安全法制では、こういうことには対応できないのですから、一部責任野党の合意も取り付け、新しい法で対応できるようにしておく。そうする方が民主主義国としては健全だし、そうあるべきだと私は思ってるんですね。

 トランプ氏が大統領にならない場合でも、アメリカ国民の意識には既に火が点いてしまっているのですから、この風は止まらないのではないか、むしろ、クリントン政権になれば強くなるのではないかと思います。クリントン政権はすぐにはそうした方向に踏み出さないでしょうが、すると国民の不満、苛立ちは増幅していくことになりますから、やはり同じような現実を、日本は突き付けられることになるのではないでしょうか。

 日米同盟はアンフェアだ、俺たちアメリカは日本守ってやらなきゃいけないのに、アメリカがやられたときに日本は何もしなくていいのは不公平だ――。その通りだと思いますよ、私も。だから集団的自衛権を限定ではなくフルスペックで行使できるようにしなければならない。私は何十年も前からそう言ってきたんですけどね。

 三浦 トランプ氏は自国の利益を優先させようと演説で繰り返し述べていますが、そうすると内向きになっているアメリカ国民のもやもやとしていた感情に言葉が与えられます。言葉が与えられると、初めて国民も自覚するわけです。今後、例えば競争力が低下する米製造業の労働者の状況といったことの方が、極東の軍事情勢よりも大事になってくる。議論のサイクルが加速すると、軍事予算の象徴的な大規模削減が俎上にのります。といっても、将来の安全保障への投資として新兵器や新技術は削れないから、海外の基地が一番のターゲットになってくるでしょう。米軍基地が退くかもしれないという事実を前に、我々はどうするべきか、ということが問題になるということです。退いてもらって結構――という考え方もありますね。自主防衛論の方々が訴えてきたことですが。一方で、中道から左寄りの人たちは、「基地の負担」を訴え、アメリカの戦争に巻き込まれることを怖れてきたはずでした。ところがトランプ氏の出現で「アメリカの戦争に巻き込まれる心配が減った」と喜んでいるのかといえば、そうでもない。

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■ 潮匡人氏 昭和35(1960)年生まれ。早稲田大法学部卒。航空自衛隊入隊。同大大学院法学研究科博士前期課程修了。退官後、帝京大准教授など歴任。近著に『ウソが栄りゃ、国が滅びる』(KKベストセラーズ)、『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』(PHP新書)。

■ 三浦瑠麗氏 昭和55(1980)年、神奈川県生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科修了。法学博士。専門は国際政治、比較政治。現在、東大政策ビジョン研究センター講師。著書に『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『日本に絶望している人のための政治入門』(文春新書)。