雑誌正論掲載論文

日本には知らせなかった 世界覇権を狙う中国にアメリカが甘い本当の理由

2015年12月20日 03:00

米国防総省顧問 マイケル・ピルズベリー

福井県立大学教授 島田洋一 月刊正論1月号

島田洋一氏(以下島田) ピルズベリーさんは著書『100年マラソン』(邦訳『China2049』日経BP社)の中で、中国が経済発展と共に徐々に自由民主化するという期待は危険な幻想だと強調しています。特に今の習近平指導部に民主化の意向などなく、一党独裁体制を維持強化しつつ、中華人民共和国建国100周年に当たる2049年までにアメリカを凌ぎ、経済、金融、軍事にわたる覇権を確立させるのが目標だという指摘。よく納得できるところです。まず、中国の現体制をどう見るかですが、私は、政治学的には、今の中国は典型的なファシズムと規定できると考えています。その中国が「反ファシズム」戦争勝利70周年などと喧伝するのは、政治学的には理解不能なのです(笑)。

 少し説明させて下さい。ファシズムやファシストは政敵へのレッテル用語として濫用されてきましたが、厳密に定義するなら、有用な分析概念たり得えます。ファシズムは、1920年代、イタリアのムッソリーニが、共産主義でも資本主義でもない「第三の道」として最初に打ち出しました。「第三」たる所以は、国家主義的な独裁を採りつつ、資本主義のエネルギーを抑圧体制活性化のために用いるという点にあります。ドイツのヒトラーも、主要産業のカルテル化を進めつつ、競争原理は維持しようとしました。そこが、同じ抑圧システムながら、共産主義と違う点です。付け加えれば、ファシズムに異常な人種主義が加わったのがナチズム、ナチズムにさらに破滅的な対外膨張主義が加わったのがヒトラリズムと定義できるでしょう。

 この政治学的整理に基づけば、中国は、毛沢東的な原始共産主義を脱し「改革開放」を打ち出した〓小平時代にファシズムに移行したと言えるのではないか。

マイケル・ピルズベリー氏(以下MP) 確かに中国にはファシズムの特徴が見られますね。

島田 従って、中国の一党独裁は、シンガポール、韓国、台湾などに見られた開発独裁とは異なります。つまり、ヒトラーやムソリーニが民主制を侮蔑・敵視したのと同様、今の中国は、当面の必要悪ではなく体制の根本原理として独裁を位置づけている。ところが日米は〓小平時代の「改革」に幻惑され、貧しい共産主義国家が富裕なファシズム国家に生まれ変わるのを手助けしてしまったようです。

MP 確かに中国にはファシズムの特徴が見られます。しかし私は、『100年マラソン』で強調したように、並外れた経済的競争力をもつ点で中国は大変ユニークなシステムだと思っています。従ってそれ独自の名称が必要です。その名称を我々はまだ持っていませんが。

 ムソリーニ体制には経済面で目を見張る要素はありませんでした。ヒトラーにもなかったと思います。ヒトラーはいわゆる生存圏を確保しようとソ連に軍事侵攻し、イギリスを爆撃し、その結果、ドイツ経済を破壊させた。ムソリーニにもヒトラーにも経済発展第一という発想はなかったでしょう。中国は、テクノロジーや投資を手中に収められる限り、日本にもアメリカにも良い顔を見せる。2049年には、我々はお前たちより2倍も3倍も強い存在になる、しかしそれまでは愛想よく、人当たりよく振る舞っておく、と。ヒトラーにもそういう面はありました。私は平和を望んでいる、と。しかし中国はレベルが違う。

 全く新たな現象に対して、ファシズムという過去の欧州やアメリカの経験に由来する古い概念を当てはめるのはどうでしょうか。私は、今の中国のような体制は人類史に例がないと思っています。

 かつてシンガポールのリー・クワンユー首相が「中国は単に大国や最大国になるだけでなく、史上最大の国になるだろう」という有名な言葉を発しました。最近も世界銀行のジム・ヨン・キム総裁が中国経済は2030年にアメリカ経済の2倍になると発言しています。

 中国のタカ派も同様に信じています。ただタカ派でさえも「中国にとって最も重要なルールは、アメリカを敵に回さないこと、日本を刺激して敵に回さないことだ」と言います。これは過去のファシズム国家の場合と大きく異なるでしょう。

島田 ナチス・ドイツやファシスト・イタリアの場合は、外部からの経済的支援はありませんでした。その点も、中国の場合と違いますね。

MP そうです。大事なポイントです。

島田 中国には、アメリカや日本や国際機関が支援を続けてきました。

MP しかもものすごい支援です。

島田 中国市場への参入条件としてテクノロジー、企業秘密を提供させられた企業も多い。うまく日米など先進諸国を競わせる手管もたいしたものだったと思います。外部の支援は間違いなく中国の経済発展に寄与しました。それ以外に、中国内在の、発展を導き出す要素と言えるものはありますか。

MP ええ。彼らはモデルの一部を日本から採りました。ザイバツ(財閥)システムです。この点で日本をコピーしたことを、彼らは何ら隠していません。アメリカからもモデルを採っています。1820年から1920年に至る100年にアメリカが達成したところを自分たちも達成したいと彼らは言います。1820年のアメリカは小国でした。1920年には、アメリカは経済面で世界の覇権国になっていました。中国はそれをコピーしようとしています。アメリカはいかにそれを達成したのか。中国内在の要素という質問に即せば、対外的に競争力のある製品を多くの地域レベルで作れるようになれば、裾野の広い輸出エンジンとなり、アメリカや日本から巨額の投資も呼び込める。これが彼らを成功に導いた要素の一つです。

 もっとも、最大の成功要素は、世界銀行に世界最大の出張拠点を作らせたことだと思います。3000人の世銀職員が中国で働いています。通常、世銀は海外オフィスを作りません。ワシントンの本部から資金を貸すだけです。3000人もの職員を持つ中国オフィスをいかにして作らせたのか。驚くべきことです。結果として、中国は世銀資金の最大の受益者となりました。それらは私が「親善」(goodwill)と呼ぶ彼らの能力がもたらしたものです。

島田 うまく相手に助けさせる関係を築く能力ということですね。たぶらかし能力とも言ってもいいかもしれない。

MP そうです。「中国に親善を示さねばならない、この貧しい、遅れた、友好的な国を助けなければならない」と思わせる能力です。この力が日本とアメリカに対し最大限に発揮され、成功を収めました。ところで、私が『100年マラソン』に書いたことが事実とすれば、日本にとっては由々しき問題でしょう。アメリカは40年にわたって中国と密かな協力関係を維持してきた。それには、ソ連に対する秘密作戦で手を握ったことが大きい。ソ連領内の施設を破壊するアフガン・ゲリラを米中共同で支援する、というところまで踏み込みました。協力というより共謀です。私はその第一線にありましたが、共に作戦を実施した中国のタカ派を、将来にわたって戦略的に信頼できるパートナーと錯覚してしまったのです。今では自分の甘さに歯がみする思いですが、いずれにせよこうした実態は何ら日本に知らされませんでした。日本の政治家で誰かアメリカから知らされた人はいましたか。

島田 多分いないでしょう。

MP ニクソン、カーター、レーガン、クリントン、いずれの政権も日本以上に中国とより密接かつ深い関係を築いていました。そして、そのことを日本に告げもしなかった。日本にとっては恐るべき話でしょう。

島田 日米同盟が基軸といった言葉に安住していてはいけないということですね。

MP 日本にはCIAがない、それでよいのですか。単に情報収集だけの問題ではありません。日本は秘密作戦を行わない。一方、アメリカと中国は行います。そこに、米中ならではの深い協力関係が生まれたのです。

島田 私は、情報収集・分析だけでなく、作戦部門も持った情報機関が必要だと主張してきました。確かにそこは日本のシステムの一大欠陥です。少し話題を変えますが、あなたは著書で、中国の指導部はアメリカを世界的闘争のライバルと見ており、そのため特にテロとの戦争に関し、事々に妨害してくると書いています。例えば、中国はイランの核兵器開発やアルカイダへの支援を行ってきた。イランやシリアの独裁体制維持を図ってきた。いずれも指摘の通りでしょう。ところで北朝鮮については、中国の政策に何か変化の兆しはありませんか。未熟で予測不能な独裁者の手に核ミサイルが握られる状況は中国にとっても潜在的脅威でしょう。他方、韓国の朴槿恵大統領は中国に擦り寄る姿勢がますます顕著です。中国としては、韓国が属国化しつつある以上、北が崩壊し、南による吸収統一となってもさして不便はないはずです。北のレジーム・チェンジ(政体変更)については、中国と日米は方向を一にしうるのではないか。

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■ マイケル・ピルズベリー氏 米スタンフォード大学卒、コロンビア大学大学院博士課程修了。ニクソンからオバマ政権にかけて対中国の防衛政策を担当してきた。ランド研究所分析官、米上院の4つの委員会スタッフなどを歴任。ハドソン研究所中国戦略センター所長。

■ 島田洋一氏 昭和32(1957)年、大阪府出身。京都大学大学院法学研究科博士課程修了。専門は国際関係論。「救う会」副会長、国家基本問題研究所企画委員。著書に『アメリカ・北朝鮮 抗争史』(文春新書)など。