雑誌正論掲載論文

日米の最大の脅威は核軍拡だと銘じよ

2015年11月25日 03:00

ハドソン研究所主席研究員 日高義樹 月刊正論12月号

 1950年代から60年代にかけて、地球上のあらゆる人々を恐怖に陥れた核戦争の危機が、再び世界に襲いかかろうとしている。第2次大戦後70年にわたって、核戦争の脅威をとじこめて来たアメリカの核抑止力が喪失してしまったためである。

 この9月すえ、アメリカ政府高官が次のような声明を出した。

「中国が南シナ海の岩礁を埋め立てて不法に建設した島を、中国の領土とは認めない。したがってアメリカの航空機は周辺の海域や上空を自由に航行する」

 これに対して中国政府は猛然と反発し「中国固有の領土とその周辺で不法行動をとるならば断固とした措置をとる」と言明した。

 ワシントンの有力者や専門家たちは、オバマ政権が声明どおり中国の不法な行動に対抗できるかどうか疑問に思っているが、南シナ海の岩礁地帯で、中国が勝手に埋め立て工事を行い、人工島だけでなく軍事基地まで建設した問題は、アメリカの力を試す、いわば歴史的な試金石になりつつある。

 オバマ政権が国際法に則り、中国に対して正しい対抗措置をとるのが難しいことは、9月末に行われた米中会談ではっきりと示された。習近平国家主席がワシントンに来る前、オバマ大統領は次のように公言していた。

「中国が不法なサイバー攻撃をアメリカにしかけるのをやめなければ、経済封鎖をふくめて厳しい措置をとる」

 この夏、中国の上海にあるサイバー攻撃部隊が、アメリカの政府関係者の履歴、住所、社会保障番号などを数万人分、盗み取ったことに対して、共和党だけでなく一般の国民の間に強い反発の声があがっていたからである。

 ところが現実にはオバマ大統領は、習近平に完全に妥協してしまい、「アメリカと中国はともに相手にサイバー攻撃をかけない」という、実行不可能な取り決めを行っただけだった。南シナ海の岩礁埋め立て問題については、オバマ大統領が懸念を表明しただけで、習近平主席は「島々は中国の領土だ」と鋭く反発し、埋め立てを続行する意志を明らかにした。 

 オバマ大統領の中国に対する弱腰の姿勢は、中国との経済関係のみに重点をおく政策に基づいていると批判されている。だが基本的には、オバマ大統領が、中国に対して強い姿勢をとれないのは、第2次大戦後の70年間に世界の戦略的な構造が大きく変わり、アメリカが世界の指導国として、自らの意志を通すことがきわめて難しくなっているからである。

 今年5月、アメリカ国防総省でアメリカの危機について研究調査を行っている担当者が、次のような発表を行った。

「アメリカは、極東では中国、ヨーロッパではロシア、中東ではイランの脅威に直面している。戦略体制を根本的に変えないかぎり、アメリカは安全ではなくなる。とくに中国は、核戦力を強化してアメリカに挑戦しているだけでなく、日本やインドなどに危険を及ぼしている。アメリカはこうした危機状況に対処するために即刻、戦略体制を作り直す必要がある」

 その翌月の6月には、国防総省のロバート・ワーク副長官が、アメリカの海軍大学で講演し、アメリカの戦略防衛体制が崩壊しつつあると、次のように警告した。

「中国の東シナ海や南シナ海における挑発的な行動を抑止するためにもアメリカは、国際秩序を維持するための力を維持していることを世界に示さなければならない。だが世界におけるアメリカの力はあまりにも伸びきってしまった。このままでは世界を動かしていく力を失う危険がある」

 そして8月、アメリカ核戦略の総責任者ともいえるアメリカ空軍のマーク・ウエルシュ総司令官が、次のように述べたのである。

「アメリカは、中国やロシアの核戦力の強化に対抗して、新しい核戦略を持たなければならない。そのためには新しい核兵器を保有し、その核兵器を使うための機能的な命令系統を明確にする必要がある。アメリカは直ちに、有効な核戦力を維持するための教育を軍人達に施さねばならない」

 以上のようなアメリカの国防担当者たちの発言は、戦後70年を経てアメリカが、世界最強といわれる力によってすら、世界の秩序を維持することが難しくなっていることを示している。

 中国が国際ルールを無視して南シナ海に人工島を作り、領土であると宣言しても、その歴史的な暴挙をアメリカは力で阻止することが出来ない。第2次大戦後、アメリカが、日本をはじめとする同盟諸国に提供してきた核の傘の有効性が危ぶまれる事態になっているのである。

 アメリカが依然として、世界で最も強力で優れた核戦力を維持していることはまぎれもない事実である。この8月、ウエルシュ空軍総司令官は、国防総省で記者団と特別会見を行い、アメリカの核戦力の柱の一つである戦略爆撃機B2の能力が飛躍的に向上したと述べた。具体的な内容は軍事機密ということで明らかにしなかったが、アメリカ空軍が核兵器の運搬手段である戦略航空機の充実をはかっていることは確かである。

 B2戦略爆撃機は、アメリカが維持している3つの戦略兵器体系の一つである。すでに一般にも知られているように、アメリカの核戦力はミニットマンミサイルを中心とする大陸間弾道ミサイル、14隻からなるミサイル原子力潜水艦隊に搭載されているトライデントミサイル、それに空軍の戦略爆撃機からなっている。

「トライアド」とよばれるこの3つの核戦力のうち、機能的、戦術的にみて最も使いやすいのが戦略爆撃機である。アメリカ空軍は、地球規模攻撃軍団とよばれる組織のもとに、あわせて159機の戦略爆撃機を保有している。最新鋭のB2、それより型は古いが、最先端の機器を搭載しているB1、それに製造が始まってすでに半世紀になるが、改造されて最新鋭の戦力を持つようになったB52で、このうち中国やロシアのあらゆる防空体制をつきぬけて核攻撃を行うことが出来るのが、B2である。戦略航空機のなかで最も高価なステルス性爆撃機で、建造費は7億ドルを越えるといわれている。アメリカ空軍はこの世界最強の兵器を現在、20機保有しており、ミズーリ州にあるホワイトマン空軍基地を拠点として展開しているが、このほどその主力がグアム島に進出することになった。

 黒色で尻尾のないエイのような異様な形のB2を、私はホワイトマン基地とグアム島で取材したことがあるが、アメリカの最も重要な戦略攻撃力であるB2の撮影は厳重な規制のもとにあった。グアム島では、格納庫の扉を開いてB2の姿をほんの数分、見せてくれただけだった。

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■ 日高義樹氏 昭和10(1935)年生まれ。東京大学文学部英文科卒。34年、NHK入局。ワシントン支局長、理事待遇アメリカ総局長などを経て退職。ハーバード大学客員教授などを経て現職。著書に『日本人が知らない「アジア核戦争」の危機』(PHP研究所)など多数。