雑誌正論掲載論文

「南京」と墜ちたユネスコ・国連 登録資料・中国版「アンネの日記」自体が「大虐殺」不在の証拠だ

2015年11月05日 03:00

 拓殖大学客員教授 藤岡信勝 月刊正論12月号

 中国が提出した「南京大虐殺」と「慰安婦=性奴隷」の2つの案件が注目される中、10月4日からアラブ首長国連邦の首都アブダビで開催されたユネスコ記憶遺産国際諮問委員会(IAC)は、「南京大虐殺」文書を登録する決定を行った。「慰安婦」については「不登録」となったが、ユネスコは2年後の次回、韓国などと連携して再提出するよう勧告した。いずれにせよ中国は、ユネスコを利用して、大きな対日歴史カードを手に入れたのである。

 この決定は、今年の日本外交の再度の大敗北である。再度の、と言うのは、明治期の産業革命遺産を世界文化遺産として登録するに当たり、6月に日韓外相会談で、朝鮮半島からの徴用工を「強制労働」させたと読める文書に合意するという失態があったからである。それに次ぐ第2の深刻な失敗を、戦後70年歴史戦の今年、外務省=日本政府は犯してしまったのである。

 14人からなる国際諮問委員会の審議の実態は、外務省の依頼でこの会議にオブザーバーとして参加した高橋史朗氏が別稿で報告されるので、ここではこれ以上ふれない。

 今回の登録の基本的な問題点を列挙すれば、次の通りである。

①中国の申請がそもそも「心の中に平和を築く」というユネスコ設立の趣旨に反する内容であること、②記憶遺産は人類的な価値のある文化遺産を保存するための制度であるのに、中国の申請はその趣旨に反する国際機関の政治利用であること、③申請資料の内容が公開されず、日本側に反論の機会が全く与えられなかったこと、④諮問委員は資料保存などの専門家ではあっても、歴史の専門家ではなく、歴史資料の評価を行う能力を欠いていること、⑤諮問委員会の決定は、申請国のロビー活動の結果で事実上決まること、⑥審議は公開されず、密室で決定されること、⑦ユネスコの事務局長がもともと中国寄りの立場の人物であること――。

 これを見れば、殆どお話にならないデタラメと不正が行われていると疑われても仕方がない。

 右のうち、最後の・について補足しておく。現事務局長のイリーナ・ボコバ氏はブルガリアの出身の女性で、ブルガリア共産党の党員であった。フランス大使などの要職を経て、2009年からユネスコの事務局長に就任した。重大なことは、彼女が、西側諸国が揃って出席を拒否した中国の抗日戦勝記念行事に出席していたことである。9月3日には天安門で最新兵器のパレードを参観し、習近平とのツーショット写真におさまり、習近平夫人との対談までしている。

 この親中派のボコバ氏が、次期の国連事務総長を狙っていると言うから穏やかではない。東欧出身の、初めての女性事務総長として待望論があるのだという。もしそんな人事が実現すれば、国連は中国の道具に成り下がるだろう。

「慰安婦」が却下され、「南京」が登録されたことで、戦後70年歴史戦の今年残りのテーマの中心は、否が応でも「南京事件・南京大虐殺」ということになった。

 南京事件については、日本において1970年代以降の長い研究と論争の歴史がある。そもそも1970年代前半までの歴史教科書には「南京事件」は全く載っていなかった。朝日新聞の本多勝一記者が中国共産党中央委員会の招待で40日間、中国共産党の用意した語り部をあてがわれて「取材」した記事が「中国の旅」として報道されたのが、全ての始まりである。

 1980年代は30万、20万など荒唐無稽な数字が乱舞する「大虐殺派」の天下であったが、ともかく事件があったのだということを広く認知させる役割を果たしたのは、秦郁彦氏の『南京事件』(中公新書、1986年)だった。同書では4万人説が唱えられ、当時は30万人説などと比べて良識的な研究として読まれたが、今では全く時代遅れの本となった。なぜなら、同書で公平な第三者としてあつかわれ、事件のイメージをつくるベースとなっている欧米のジャーナリストが、その後の研究で国民党から金を受け取ってプロパガンダ本を書いたエージェントであったことがわかったからだ。秦氏が中公新書を絶版としなかったので、同書は未だに影響力をもっている。しかし、研究は進歩するものであることを読者は知っていただきたい。秦氏は慰安婦問題では第一人者だが、南京事件の概説書を書くのが早すぎたのかも知れない。

 1990年代の後半から、教科書問題とも関連して、虐殺の存在を前提として仮定しない研究潮流が生まれた。2000年から12年間、日本「南京」学会が旺盛な研究活動を展開し、南京事件が戦時プロパガンダとして仕組まれたものであり、事件そのものが存在しなかったことを立証した。

 なお、歴史学界はこれを認めていないという説があるが、近現代史は歴史評価の上で、専門家とシロウトの間の能力的落差はほとんど認められない分野である。歴史の専門学会に所属するギルド集団に歴史解釈についてご判断を仰ぐことにあまり意味がないのである。これは、憲法学界が現行憲法を擁護する憲法御用学者の集団であり、彼等のイデオロギーに楯をつく弟子は就職すらできないのだから、憲法学界に安全保障問題の判断についてお伺いを立てるのが筋違いなのとやや似たことだといえる。

 現在、南京事件に関する日本政府の公式見解は、「非戦闘員の殺害や略奪行為などがあったことは否定できないが、被害者の具体的人数は諸説あり、正しい数を認定することは困難」(外務省ホームページ)というものだ。今回、中国は資料の一つとして南京軍事法廷の判決を入れている。この中に「30万人」と書かれているので、それに反論するという筋立ては成り立つとは言え、南京事件の存在自体は認めるという立場に立つ限り、反論の足場が弱くなることは否定できない。なぜなら、小規模といえども、事件があったとすれば、それに関する資料を提出することは形式的には正当化されるからである。従って、公式見解を、少なくとも「事件の存在自体を否定する説も含めて諸説ある」というふうに変えていただきたいと思う。

 ここで、私は日本の政治・外交を担っているトップエリートの皆様に是非お願いしたいことがある。東中野修道亜細亜大学教授の『「南京虐殺」の徹底検証』(1998年、展転社)以後の「事件否定派」の研究を真面目に読んでいただきたいと念願する。

 過去15年間の南京研究の成果を要約するのは簡単ではない。もし、その結論をひとことで表すとすれば「南京戦はあったが、『南京虐殺』はなかった」というものである。この命題は非常によく出来ていて、私が監修したパンフレットのタイトルにもなっているのだが、この命題に南京事件に関わるすべての論点を解明するカギがあるといえる。

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■ 藤岡信勝氏 昭和18(1943)年、北海道生まれ。北海道大学教育学部卒。東京大学教授などを経て現職。平成7年、自由主義史観研究会を組織、「新しい歴史教科書をつくる会」元会長。著書・共著に『教科書が教えない歴史』(扶桑社)、『汚辱の近現代史』(徳間書店)、『国難の日本史』(ビジネス社)など多数。