雑誌正論掲載論文

世はこともなし? 第76回 霊性の神秘

2011年09月21日 19:29

 「ノストラダムスの予言」と聞けば、人は何を思うか。おどろおどろのオカルトを連想して鼻白むる人もいるだろうし、いんちき師の迷言ときめつけて眉をひそめる人もいるだろう。じつはかく言う私の認識も、まあそれに近かった。(月刊正論10月号

 ところが、かねて尊敬しているフランス文学者の竹本忠雄氏(筑波大名誉教授)が、こともあろうに『秘伝ノストラダムスコード/逆転の世界史』(海竜社)なる大著を世に送りだしたのだから、正直いって驚いた。しかも800ページに迫ろうという大巻である。

 驚きのあまり、担当しているWiLL誌9月号の書評欄で取り上げた。驚いたのは、これが読めば読むほど肝をつぶす奇書であり、刮目すべき快著であるからだった。

 しかし考えてみれば、日ごろから日本人の霊性というものに深い洞察と敬意を持つ竹本教授である。そして先生自身、かの東京大空襲いらい53年ぶりにめぐりあった“幻の少女”(後述)と、その後の人生を共にしている奇跡の実践者である。それは、世の中こんなこともあるのかと驚く邂逅であった。

 そんな竹本さんだから、こんな著作をあらわすのもむべなるかなと思ったのだ。

 その“幻の少女″を書く前に、天下の奇書『ノストラダムスコード』をざっとご紹介しておこう。

 そもそもノストラダムスとは何者か。ノストラダムスことミシェル・ド・ノートルダムは1503年、フランス王国サン・レミの町の名家のユダヤ人夫婦の長男に生まれた。モンペリエ大学医学部を卒業し輝かしい人生を歩みだすが、黒死病で妻子を失い、霊性の導きに従って求道の旅に出る…。

 その予言集は4行詩942編、6行詩58編などから成り、有名な「1999年7の月に、天から恐怖の大王が降りてくる」など、1555年から約450年間の世界史上の大事件を幻視してきたとされている。

 竹本さんはその謎解きをしつつ、予言集の一つ一つを実際に起こった事件とすり合わせて検証しているのだが、それはただ机上のノリとハサミでやりくりしているのではない。安楽椅子探偵のごとく頭の中でつじつまを合わせているのではない。それぞれの現場に赴いて、克明なルポルタージュにしているところにこの本の特長がある。

 たとえばフランス革命の一つの舞台であったヴァレンヌへの旅だ。そこはルイ16世とマリー・アントワネットたち一家が捕らわれた地だった。そのオルヴァル僧院の廃墟に立って、ノストラダムスの予言の信憑性を検証する。

 フランス革命といえば、革命をもてはやす進歩的文化人が評価するものだが、ノストラダムスは恐怖政治の不条理と非道を告発している“挽歌の詩人″だった。竹本さんもその詩人の愛憐の情に共鳴している。

 なにしろ800ページに及ぶ大著だからいちいち紹介できないが、一つだけ例を挙げておこう。ノストラダムスはこの日本とも無縁でなかった。予言集第9章14歌にはこうある。なんと「福島原発」が予言されていたというのだ。

「平地に置き並べられた大釜は/酒と蜜と油の/炉から放射能洩れとなり/悪人ども悪を告げず水に没するであろう/爆発の煙を、7門の大砲よりも広大に噴きあげて」

 おお。事故は人災で、原子炉は大津波の水に没して破壊されたのだ、と告げているごとくではないか。ここまでくれば脱帽するしかない。

 しかし、神秘というか、驚異というか、この世のものとは思われぬ超常体験なら、竹本さんもまたその体現者なのである。

 その奇跡は、3年前の著書『めぐりきて蛍の光』(高木書房)にくわしい。

 竹本さんの故郷は、東京大空襲で焼尽した下町・深川である。昭和20年3月9日、米B29の無差別爆撃で町は焦土と化し、八名川(やながわ)国民学校の同級生の半分は死んだ。清澄公園に逃げた竹本少年は、この世の地獄をその目で見た。もちろん卒業式も中止になった。

「いや、そこに行ったって、もうあの町、あの人びとはないのだ。隅田は流れている。が、深川よ、あなたは--どこへ流れていったのか」、竹本さんはいまそう回想する。

 ところが平成9年の3月、いまは江東区立八名川小学校となった母校の校長のはからいで、53年ぶりの卒業式が実現したのだ。出席したのは65歳になっていた竹本さんら4人。往時、悪童たちのあこがれの的になっていた“幻の少女”がいた。なんとその少女がいま“現の熟女”となって、4人のうちの1人にいたのである。

 彼女もまた業火をくぐりぬけ、混乱の戦後の荒波をのり切って生きぬいていた。そして竹本さんは53年ぶりにめぐりあった“幻の少女”こと滝沢和子さんと結ばれるのである。

 長じて竹本さんはパリに渡って日仏両語による評論活動やマルロー研究に打ちこみ、同時に、ヨーロッパにおける「南京大虐殺」や「靖国」問題による反日偏向言論とたたかってきた。和子さんものちに竹本教授とともに渡仏し、よきパートナーとして竹本さんの研究と活動を支えてきたという。

 しばらく前、機会があって和子さんに会ったが、銀髪の上品で美しい“現の熟女”になっていた。いま闘病中だというが、持って生まれた強運で今度も生きぬくだろう。

 竹本教授はいよいよ人生の秘儀研究に打ちこみ、霊性に対する謙虚で誠実な感性を失っていない。そういう2人の人柄だからこそ奇跡に邂逅できたのだ。

 この世は神秘に満ちている。

コラムニスト・元産経新聞論説委員 石井英夫

 昭和8年(1933)神奈川県生まれ。30年早稲田大学政経学部卒、産経新聞社入社。44年から『産経抄』を担当、平成16年12月まで書き続ける。日本記者クラブ賞、菊池寛賞受賞。主著に『コラムばか一代』『日本人の忘れもの』(産経新聞社)、『産経抄それから三年』(文藝春秋)など。