雑誌正論掲載論文

「赤黒い泥」に棲むドジョウ首相の正体

2011年10月01日 03:44

 私は一昨年8月末の総選挙による自民党から民主党への政権交代を、国民を欺く壮大な詐欺だといい続けてきた。マニフェスト(政権公約)に有権者が喜びそうなことを並べ立てて人心を引き付け、政権を奪うや、誰も頼んでいないことを先にやる。大きなことばかりを言っていたのに、実現できたことはほとんどない。今回、その民主党なる詐欺グループの頭目が代わった。政権交代後3代目となる。(月刊正論11月号

 初代、2代目の詐欺は分かり易かった。初代は「友愛」だの「東アジア共同体」だのと空想的なことばかりを口走り、在日米軍普天間基地(飛行場)の移転を、できもしないのに「最低でも県外」と公約して沖縄県民を失望させたばかりか、日米の信頼関係を失墜させた。その結果、2代目へ政権移譲された。

 市民運動家出身の2代目は政治学者・松下圭一氏の異端の学説に依拠しながら議会制民主主義を期限付きの「独裁」と自分勝手に解釈し、思い付きの政策を次々に打ち出しては国政を混乱させた。人徳もなかったことから野党はおろか与党の協力さえ得られずに震災の復旧・復興が一向に進まず、退陣に追い込まれた。

 そして今度の3代目の登場である。3代目は前の2人ほど分かり易くない。「保守政治家」を自称し、自分を泥臭いドジョウになぞらえる。料金1000円の安いチェーン店で散髪して庶民派ぶってみせる。見た目はちょっと太目の冴えない中年オヤジである。初代のような浮世離れした宇宙人ぶりもなく、2代目のように狡そうにも見えない。腹が座って人が良さそうに見える。そのためか、政権発足時の内閣支持率はまずまずのようである。

 しかし、詐欺師は一見して詐欺師に見えては詐欺を働くことはできない。見た目はだいたい善人で、口もうまい。そう言えば、3代目は演説の上手さでは定評があるようだ。

経済・社会政策で「左足」シフト

 その3代目、野田佳彦新首相が就任後初めて著した「わが政治哲学」という論文が『Voice』10月号に掲載された。財務省OBが「書いたのは財務省の3人の課長クラスで、監修者が藤井裕久氏です。財務省のメッセージに、野田さんの浪花節をまじえて作り上げたものです」(『週刊現代』9月24・10月1日合併号)と証言しているいわくつきの論文である。財務省主導だけあって「わが国の債務の残高は、残念ながらあまりにも大きくなってしまっている」「これ以上の借金を将来の世代に残してしまうことは、断固阻止せねばならない。将来の残すべきは、伝統文化や自然、そして誇るべき国だけでいい」と財政再建に主眼が置かれた内容である。伝統文化、誇るべき国のあたりが浪花節で粉飾したゆえんだろうか。

 この論文全体には特に「政治哲学」と呼べるような理念が述べられた部分はなく、強いて言えば、財政再建とともに先送りしてはならないものとして安全保障の問題を取り上げているくらいである。しかし、これがまた保守派の向こう受けを狙った野田氏一流の浪花節の粉飾であることは後で述べたい。その前に現在の野田政権の姿勢で気になる部分について言及しておこう。

 野田氏は「私は『この日本に生まれてよかった』と思える国をつくることだと思う」と述べ、「そのような国をつくるために、私は『中庸』という哲学を大切にしなければならないと考える」という。そして「私が考える『中庸』は、けっして足して二で割る話ではない」として話を続ける。野田氏は、人類は長い政治の歩みの中で「自由」と「平等」という価値を獲得してきたが、その両立を図りたいという。「あまりに社会主義的な統制の束縛が重くのしかかる社会になってしまったときには、『自由』という右足を踏み出し、規制緩和をしっかりやっていかなければいけない。一方、現在のように、困っている人がたくさん出てきているときには、『平等』という左足を前に踏み出し、格差の是正に心を配ることが大切になる」。しかし、今の日本は「貧困化」や「世代間格差」の問題がある。中間層からこぼれ落ちた人が元に戻れない社会になってしまった。その上で次のように述べている。私が注目したいのはこの部分である。(続きは月刊正論11月号でお読みください

八木秀次氏

 昭和37(1962)年、広島県生まれ。早稲田大学法学部卒業、同大学院政治学研究科博士課程中退。専攻は憲法学、思想史。著書に『明治憲法の思想』『日本国憲法とは何か』『日本を愛する者が自覚すべきこと』(PHP研究所)、『国民の思想』(産経新聞社)など多数。平成14年第2回正論新風賞受賞。最新刊に『日本を誣いる人々』(共著、PHP研究所)。