雑誌正論掲載論文

世はこともなし? 第78回 けやき新聞とホトケドジョウ

2011年11月21日 03:21

 都心から約24キロ、東京の北西部にあるわが町・東久留米市に「けやき新聞」というミニコミ紙がある。ミニコミ紙というより、「ブックセンター滝山グループ」のPR紙で自称4万8千部、新刊書の紹介などをのせている月1回の新聞折り込み紙だ。その最新9月20日号に編集長の筆らしい無署名の“世情瞥見″がのっていた。なるほど、そうかと感心したので紹介したい。それは町の民主党員たちが語っていたことの聞き書きだという。(月刊正論12月号

「今回も一般党員は代表選挙に投票する機会を与えられなかった。党費を払っているのに党員は除外され、議員だけの選挙に終わった」

 そうこぼす声が多かったと前書きして、この“世情瞥見″は本題に入っていく。

 「議員の中には、人びとが出勤する時間帯に駅前に立って演説したり、お辞儀をしたりしている者がいる。通勤で急いでいる人の耳に、政治的主張らしきものをマイクで喋っていても、通勤者には聞き返したり、質問したりする時間がない」

 「(その訴えは)朝から一生懸命活動していますよという媚びである。とともに聞き手が忙しくて質問や反論の時間がないのを承知の上で、一方的に自分を押し売りしている。その姿を見て不信感を抱く人は多いようだ」

 そしてこの聞き書きは「さらに上がある」と念を押して、鋭く指摘する。

 「これ見よがしに駅前を掃除する議員もいる。掃除はしたほうが良いが、まずは自宅と向こう三軒両隣から、目立たぬようにはじめるのが良心を持った人のすることだ」

 まさにその通りではないか。わが町の民主党員はそう語ってこうダメを押すのである。

 「本来は、駅前で媚びを売ったり、口先の練習をするよりも、早朝の勉強会に参加して、政治、経済、歴史、文化の勉強をしてもらいたい」

 民主党員たちのつぶやきはこう結ばれている。駅前で一方的にしゃべっている市民運動家や議員予備校塾出身者が首相となる時代だが、選挙民はそれが言行一致しているかどうか見届ける責任がある。異常な目立ちたがり屋や無責任な八方美人や演劇部くずれや品格の足りない人物に政治は任せられない。選挙民や党員の責任は重大である、と。

 これら民主党員のつぶやきの聞き書きに、編集長がどれだけ私見を加えているかわからないが、これも一つの見識であり、立派な提唱であると感心したのだった。

 ここでいう駅前の市民運動家や議員予備校塾出身者がだれを指しているか、それはともかくとして、野田内閣は世界に向けてはもちろんのこと、わが国民に対して何一つ発信していない。野田首相がひたすら「逃げ」の姿勢をとりまくっているのは許せないことではないか。「正心誠意」が聞いてあきれるのだ。

 9月28日付の産経新聞・テーマ川柳の題は「歯切れ」で、こんなのがあった。

 「大臣になったとたんに口ごもる」(堺市・笠村一彦)

 「思います思っただけで何もせず」(羽生市・秋谷敏男)

 「新総理、期待されてる辞める時機」(岸和田市・木下永寿)

 川柳はいま人びとにわだかまる不信感を鋭く表現していた。野田首相は歯切れが悪くなったどころか、ものをしゃべらなくなった。思うところを語らなくなった。20年以上も駅前の街頭で鍛えたという話術もどこへ、ひたすら逃げの一手だ。総理番記者の「声かけ」やぶらさがり取材も拒否して、沈黙を守っている。

 「沈黙は自分自身を警戒する人にとって最良の安全策である」(『ラ・ロシュフコー箴言集』、岩波文庫)

 たしかに野田首相には強烈な反面教師が2人いた。鳩山は米軍普天間基地移転について 「腹案がある」と、あてもないウソを口走って信頼を失った。菅もまたTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)や脱原発で思いつき発言を繰り返して墓穴を掘った。覆った前車の轍を踏むまいと、安全運転を図っているのだろうが、これでは野田色は全くでない。

 テーマ川柳にはこんな句もあった。

 「新首相“靖国″歯切れ悪くなり」(さいたま市・斎藤一)

 「A級戦犯は戦争犯罪人ではない」という歴史認識を持っていたはずの首相が、靖国参拝について「慎重にならざるをえない」(稲田朋美議員の質問に)というのでは言行不一致といわざるをえない。

 野田首相はドジョウで売りだした。「泥臭いドジョウが赤いおべべの金魚をまねてもしょうがねえべえ」と。そのせりふで支持率が上がった。

 じつはわが町・東久留米の“名産″はドジョウである。市内を流れる落合川や南沢湧水池には、ホトケドジョウという希少性の高い生物が棲んでいる。

 体はずんぐり、口ひげは4対(8本)、腹が赤いのが特徴だ。地元ではオババドジョウと呼んでいる。南沢は「平成名水百選」で、東京で唯一選定されたきれいな水域である。このドジョウは泥ではなく清水を好むのだ。

 しかし落合川は改修工事や流域の住宅開発で地下水位が低下し、ホトケドジョウは姿を消しつつある。平成3年「ホトケドジョウを守る会」が結成されたが、絶滅危惧種1B類に指定された。どんな調べ方なのか、千匹以上いたのがわずか4匹になったという数字もある。

 このままでは危ない。

 何がって、「けやき新聞」のいう異常な目立ちたがり屋や無責任な八方美人がいる民主党ドジョウが。ひょっとすると、民主党も絶滅危惧種の仲間入りするのではないか。(続きは月刊正論12月号でお読みください

コラムニスト、元産経新聞論説委員・石井英夫

 昭和8年(1933)神奈川県生まれ。30年早稲田大学政経学部卒。産経新聞社入社。44年から「産経抄」を担当、平成16年12月まで書き続ける。日本記者クラブ賞、菊池寛賞受賞。主筆に『コラムばか一代』『日本人の忘れ物』(産経新聞社)、『産経抄それから三年』(文藝春秋)など。