雑誌正論掲載論文

フランス風刺週刊紙襲撃テロ事件の裏側

2015年02月05日 03:00

在仏ジャーナリスト 安部雅延 月刊正論3月号

起きるべくして起きたテロ

 今年1月7日、17名の犠牲者を出したパリの仏風刺週刊紙シャルリエブド襲撃事件に始まった一連のテロ事件は、テロの連鎖を生む可能性もあり、世界に大きな衝撃を与えた。新年早々ということもあり、さらにはイスラム国(IS)の台頭も視野に入れれば、イスラム圏と西洋世界の本格的衝突の始まりを予見させるような出来事だった。

 今年は日本で地下鉄サリン事件が起きて20年の節目を迎える。日本では今でもマスコミは地下鉄サリン事件とだけ呼んでいるが、世界のメディアは当時も今も戦後大都市で起きた世界最大級の化学テロと位置づけ、報じている。そのため、イスラム過激派にもテロの手法として大きな影響を与えたと同時に、テロのグローバル化は異なった次元で日本にも脅威をもたらしている。

 パリを拠点に20年以上、治安や移民問題、とりわけテロに関する取材を続けてきた筆者は、昨年来、フランス及びヨーロッパでテロの脅威が過去最大レベルに高まっていることを警告していた。事件はその矢先に起き、悪い意味で予想していた通りのことが起きてしまったと言わざるを得ない。

 その根拠は、昨年春以降、イスラム聖戦主義過激派のイスラム国の戦闘地域であるシリアやイラクにヨーロッパから向かった若者が急増し、昨年の夏時点でNGO組織シリア人権監視団(SOHR)が欧米からの流入者が全体で6000人を超えたと指摘していたからだ。現在ヨーロッパからは5000人を超える若者が戦闘地域に入ったと見られている。

 彼らがフランスなどの出身国に帰国し、テロを実行する可能性が高まっているわけだが、実際、フランスでは、2012年3月、アルジェリア系移民の若者メラ容疑者が、南仏トゥールーズで仏軍兵士とユダヤ人学校を狙った3件の銃撃事件で7人を殺害する事件が発生している。大統領選直前で人種・宗教差別問題としても注目された。

 2013年5月にはパリ西郊外ラ・デファンス地区で仏兵士、セドリック・コルディエ刺傷事件が発生、聖戦主義に感化されたフランス人の白人男性ドーシー被告が逮捕された。さらに昨年5月にはブリュッセルのユダヤ博物館で銃が乱射され4人が死亡し、南仏マルセイユでフランス国籍の実行犯ネムシュ容疑者が逮捕された。彼はイスラム国の名の入った白い布を所持していた。

 同容疑者はシリアの戦闘地域で、フランス人人質の監視役を務めていた事が確認されており、当時、フランス人人質に向かって「トゥールーズのメラの5倍のテロを仏革命記念日(7月14日)に実行する」と語り、メラ容疑者に刺激されたことを伺わせた。ユダヤ博物館で殺害されたのはイスラエルの政府機関に勤務していた夫婦で、夫は首相府に属する組織にいた人物だった。

 欧州刑事警察機構(ユーロポール)によれば、聖戦主義に感化され、シリアやイラクの戦闘地域に向かったヨーロッパ人の中で、人口比ではベルギー人が最も多いが、人数としてはフランス国籍者が最も多いとされている。彼らの中には帰国後、組織的な支援もあってテロ計画を立てる者もいる一方、単独でテロを実行した者もいる。いわゆるローンウルフ型テロリストだ。

 一方、今回のシャルリエブド襲撃など一連のテロ事件は、アラビア半島のアルカイダ(AQAP)が犯行声明を出したことから、ローンウルフ型テロではなく背後に組織的ネットワークの支援や指令があったと見られている。そのため、仏テロ対策局である国土中央情報局(DCRI)が捜査を進めているが、未だネットワークは解明されていない。

アイデンティティ探し

 ローンウルフ型テロにしろ、組織型テロにしろ、その実行犯には共通点がある。ユダヤ博物館を襲撃したネムシュ容疑者は、フランス北部リール郊外のアラブ系住民が大半を占めるルベの複雑な家庭で生まれた。その後里親に出されたあげく、路上生活者となり、麻薬取引など軽犯罪で逮捕され5回刑務所に収監されている。

 親族の話では寡黙な人物で、猜疑心が強く、5年間服役した刑務所でイスラム聖戦主義に感化され、刑務所内で布教したり、礼拝を呼びかけたりしていた記録が確認されている。2012年に釈放された後、シリアの戦闘地域で1年間を過ごし、DCRIの監視リストに入れられ、帰国も確認されていたが、要注意人物とはされず行動は把握できていなかった。

 フランスは、イスラム圏であるモロッコ、アルジェリア、チュニジアという北アフリカ・マグレブ諸国の旧宗主国で、イスラム圏との付き合いは長い。1962年まで続いたアルジェリア独立戦争では、フランス側で戦ったアルジェリア人兵士らを国で引き取り、フランス最大の移民社会を形成した。フランス初の非ヨーロッパ系、非キリスト教系移民社会の出現だった。

 マグレブ諸国や中東レバノンなどアラブ諸国にルーツを持つ移民系フランス人は、フランスの人口の1割に当たる六百万人に上り、そのうちイスラム教徒は500万人弱と見られ、ヨーロッパ最大規模だ。イスラム教徒は実はアラブ系移民だけでなく、仏イスラム評議会(CFCM)によれば、この数年で3000人の白人フランス人がイスラムに改宗したとされている。

 フランスでは2005年暮れに移民系の若者による全国規模の暴動が起き、世界にニュースが配信された。その時、暴動を主導したアラブ系移民の若者が、アルジェリア戦争後の移民から数えれば三世にあたる。祖父らはフランスに受け入れられた当時、「アルキ」という蔑視用語で呼ばれ、社会の隅で静かに暮らした。

 その子供たちの時代は、移民の大失業時代でミッテラン政権末期の1990年代初頭、移民失業率は50%にも達した。当時、アルジェリアは内戦状態で、それを逃れ、親族のツテで次々とフランスに移民し、手厚い社会保障の恩恵に浴した。そんな家族から子供が生まれ、マグレブ諸国にルーツを持つフランス人は増え続けていった。

 だが、その一方で移民の子供たちは、フランス語も十分にできない両親に育てられ、学校では差別を受け、多くの移民系の子供たちが義務教育をドロップアウトしている。彼らの多くは両親からも見放され就職することもなく、路上で麻薬を密売し、窃盗や傷害事件を起こし逮捕され、不良化している。

 多くの移民二世、三世はフランスで生まれ、親の出身国を知らないフランス人だ。だが、親はアラブの伝統的生活文化を守り、フランス社会に溶け込もうとはしない。筆者はこの20年間、何度も彼らを取材してきたが、フランス人になりきったアラブ系移民を見るのは稀だ。

 そのためフランス人でありながら、フランス人のアイデンティティは持てず、だからといってアラブの伝統の継承者としてのアイデンティティもない。フランス社会からは違和感を持たれ差別され、マグレブ諸国に住む人々からは、人権や民主主義といったフランス的価値観を振りかざす西洋文明に侵された堕落したイスラム教徒と批判される。

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■ 安部雅延氏 昭和30年、大分県出身。雑誌の編集・記者を経て、平成3年よりパリを拠点に国際ジャーナリストとして30カ国以上取材。フランス初の国立日仏経営大学院設立顧問・講師を歴任。著書『日本の再生なるか』、『下僕の精神構造』、『愛しのモンサンミッシェル』など。