雑誌正論掲載論文

世はこともなし? 第87回 ボクは船長 石井英夫

2012年08月21日 03:00

『葉っぱのフレディ』と知り合ってもう14年になる。

 知り合って、と書いたのは、以後いろいろな縁をもらったからだ。平成10(1998)年の秋、ユニークな子供の本の出版社である童話屋から、一冊の本が担当した産経抄欄に届けられた。その本の作者はアメリカの哲学者レオ・バスカーリアといい、『葉っぱのフレディ』(みらいなな訳、島田光雄画)で「いのちの旅」という副題がある。バスカーリアが生涯でただ一冊書いたという童話だった。

 で、何げなく開くと、童話といえば童話、絵本といえば絵本なのだが、「死」についての本である。子供に「死」を考えさせる絵本は珍しい。

 折から読書週間だったから産経抄で紹介すると、「それがきっかけで本が売れ始めた」と後で童話屋社長の田中和雄さんはいうのだった。そんなことはないが、ともかく今日までなんと115万部というベストセラーである。そしてそれが機縁で、田中さんやみらいななさんと一緒に酒を飲む仲になった。ななさんは田中さんの夫人で、魅力的な女人である。

 この5月末、田中夫妻が評論家の秋山ちえ子さん(95)と銀座『ざくろ』で会食する宴があり、私も相伴にあずかった。その宴の帰り、ななさんから一冊の絵本を贈られた。『ボクは船長』(童話屋刊)という童話で、作者はクリスティーネ・メルツ、絵はバルバラ・ナシンベニ。むろんみらいなな訳である。

 開いてみて、また驚いた。「離婚」をテーマにした絵本だったから。『葉っぱのフレディ』は「死」だったが、こっちは「離婚」。ともに子供の童話や絵本には珍しい。いわばタブーだったからである。

 こんな話だった。ぼくはパパが大好きで、優しかったが、「ママとは離れて暮らすよ」と打ち明けられた。ぼくの頭はパニックになる。ママは「ママとパパはこれからともだちになるの。べつべつのじんせいをはじめるほうが、もっといいことにきがついたの」という。

 ママとパパがともだちときいて、ぼくはほっとし、「ぼくもあたらしいこうかいにふなでする。ぼくはぼくのふねのせんちょうだ」と明るくいってこの童話はしめくくられる。

「ぼくはぼくだ。だからパパとママが別れても、ぼくは船長として生きていく」。なんとも健気で、いじらしい少年だが、しかし子供にこんな悲しくも切なく、しかも残酷な宣言をさせるパパとママは、何と罪深い親ではあるまいか。

 世は離婚ばやりで、いまや日本の離婚率も4組に1組という高い比率で時代は進捗しているという。いや、これは時代の退行だろうが、両親の離婚が子供にどんな影響を及ぼしているかは、なお分明ではない。続きは月刊正論9月号でお読みください

コラムニスト・元産經新聞論説委員 石井英夫

 昭和8年(1933)神奈川県生まれ。30年早稲田大学政経学部卒、産經新聞社入社。44年から「産経抄」を担当、平成16年12月まで書き続ける。日本記者クラブ賞、菊池寛賞受賞。主著に『コラムばか一代』『日本人の忘れもの』(産經新聞社)、『産経抄それから三年』(文藝春秋)など。