雑誌正論掲載論文

ディック・ミネ「懺悔」の手紙

2012年03月19日 03:00

 テレビ番組で旧軍や大東亜戦争について嘲笑的に語ったディック・ミネは、抗議の手紙を寄こした相手に律儀に返信をしたためた。そこには苦渋に満ちた思いが誠実に綴られていた。(月刊正論4月号

はじめに

 私が、メディア報道研究政策センター会員の山崎修明氏より、表題の如く表現すべき、ディック・ミネからの手紙の複写を入手したのは、つい最近、メディア研究の一助になればとの、山崎氏の御好意によるものである。

 ディック・ミネといえば、今の若い人達は知らないかも知れないが、戦前・戦後を通して、長らく一世を風靡した歌手・俳優の大御所である。かくいう私も戦後生まれで、ディック・ミネのテレビでの活躍は、いわゆる「懐かしの」という枕詞付きの歌謡番組でしか知らない。画面を通じての私のイメージでは、既にかなりの高齢になってはいたが、若い時分には芸能人らしい浮き名も流していたらしく、歌う歌がしんみりとしたものが多い割には、何となく華やかでダンディーな感じだった。

 こういう芸能人としてのイメージを、この度入手した直筆の手紙は、一変させるほどの衝撃をもっている。ディック・ミネこと、三根徳一氏の極めて誠実な人柄と、祖国日本に対する真摯な愛情、そして戦後の芸能界を、あるいはマスコミ界を生き抜いて行かねばならぬ現実との葛藤を、この一通の手紙は余すところ無く物語っている。

手紙が書かれた経緯

 三根氏直筆の手紙は、便箋七枚に及ぶ達筆なペン書きで、保存されていた山崎修明氏の亡父山崎幸一郎氏にあてて書かれたものである。消印は、昭和五十一年十二月九日、書留速達で送られており、親展の添え書きがある。

 この手紙は、三根氏のテレビ番組でのある発言に対して、山崎氏が抗議をしたことに対する返信である。具体的な発言内容については後述するが、実はこの手紙の前に、三根氏本人から山崎氏宅に電話があり、外出中の山崎氏に代わって電話の応対をした令室ケイ氏は、今なお御健在で、当時のことを今も良く記憶しておられる。電話は、約一時間にも亘ったという。

 ケイ氏によれば、番組名は不明ながら、司会者の高橋圭三氏とのトークの中での発言であったという。発言内容は、概略旧軍の存在や大東亜戦争について、自虐的ないしは嘲笑的なニュアンスがあったという。しかし、山崎氏はシベリア抑留の体験もあり、日本軍を揶揄するような発言を見逃さなかったのだという。特に芸能界で影響力の非常に大きいディック・ミネの発言であり、テレビの影響力も考慮すると、とても看過することはできないとの思いで、抗議の手紙を書いたということである。

 電話で三根氏は、芸能界やマスコミ界では全般的に、旧軍や戦前の日本の政治体制などに対して、否定的でなければならないような風潮があり、自分としては大変不本意ながら、こうしたマスコミの要請に迎合する発言をしてしまった、という主旨の弁解を繰り返し、今後は二度と絶対にそういう発言をしないと何度も述べ、詫びていたという。

 外出中の山崎幸一郎氏本人との会話ができなかったため、三根氏は伝言をケイ氏に託したわけだが、それでも自責の念止みがたく手紙を書いたのであろう。(神奈川大学教授 小山和伸)続きは月刊正論4月号でお読みください

 ■小山和伸氏 昭和30(1955)年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。著書に『技術革新の戦略と組織行動』(白桃書房)『救国の戦略』(展転社)『リーダーシップの本質―失意からの回帰―』(白桃書房)『選択力』(主婦の友社)『戦略がなくなる日』(主婦の友新書)など。