雑誌正論掲載論文

「南京大虐殺」という大虚構 わが畏友、河村たかし市長に続け

2012年04月05日 03:00

 中国共産党の大騒ぎを喜んで受けて立とう。嘘を真実にする「力の信奉者」の正当性を砕け (月刊正論5月号

 名古屋市長の河村たかし君が、「南京事件はなかった」という「当たり前のこと」を言って中国共産党が大騒ぎしている。では、どちらが勝つか。

「当たり前のことを言った者」が勝ち、「大騒ぎしている者」は、負ける。こうでなければ、世に「正義」はない。

 とはいえ、このようなとき、世にはいつも、発言の時と場所が適切でないとか、あの時、言うべきではなかったとか、したり顔の批判者が出る。しかし、これらは、中共に迎合する者達であって無視すべきだ。こういう中共の走狗は、日本中で飼育されている。

正義を地に堕とすな

 一昨年の晩秋にも、尖閣海域において中国漁船がわが海上保安庁巡視船に衝突する映像を、当時海上保安官だった一色正春氏が公開したことを非難する者達が、菅直人総理や仙谷由人官房長官を筆頭にして大勢いた。彼らは、映像公開によって真実が明らかになれば、「中共の嘘」が世界に明らかになるから、公開した一色氏を非難したのである。

 よって、「中共の嘘」に関して、一旦発言した以上は、「正義」の確認まで、とことん進まねばならない。つまり、後日、河村たかし君が、「大騒ぎしている者」に、「南京事件はありました」と言うことになれば、真実は無視され、声の大きい者だけが言い分を通すことになり「正義」が地に堕ち、「不義」の世界的権化である中国共産党が蔓延(はびこ)る。

 従って、この事態は、わが国の「正義」を鮮明にする公の機会である。せっかく相手が大騒ぎしてくれているのだから、これ幸いと、ここで一挙に断固として天下に真実を鮮明にし、ないものはないのだから、「南京事件はなかった」を堅持してぶれてはいけない。

 相手は、「嘘を百回言えば真実になる」と信じているやっかいでややこしい輩である。また、相手は、嘘で相手を騙した場合、「騙される者」が悪く「騙す者」は悪くない、という我らとは全く逆の文明を生きる者達である。

 そこで、我らは河村君のように、ただ「真実」を言えばいい。但し、その「真実」を断固貫くことが肝要だ。相手の嘘に断じて迎合してはならない。

 これが文明を異にする中共との対処法である。従って、単に「南京事件はなかった」という昭和十二年暮れの南京のことに留まるのではなく、中国共産党が対内的に中国人民に最も隠しておきたい「共産党権力の正当性」の問題を含めた中華人民共和国(中共)の「嘘を嘘で固めた全体としての虚構」に対して、日本はもはや付き合わないという「文明の違いの明確な確認」に至らねばならない。

 その上で、まさに日本人は覚悟を固める時が来た、と言いたい。何故なら、相手は「嘘を百回言えば真実になる」と信じているにとどまらないからだ。相手はさらに、「嘘を百回言いながら武力で真実を言う者を抹殺すれば完全に真実になる」という「力の信奉者」であり、その力の狡猾にして巧妙そして恥を知らない残忍な実践者だからである。

 支那の文化が、表面を四書五経の道徳的教本で飾り誤魔化しながら、その内実は「人を食う」ことであることは、かつて魯迅が嘆きながら指摘したところだ(魯迅著『狂人日記』)。

 海面下に大きな海底油田が埋蔵されていると判明した途端に、わが国の領土である尖閣の領有を主張してきた狡猾さ、アメリカ軍が撤退した直後に、ベトナム領の西沙諸島(一九七二年)やフィリピン領の南沙諸島(一九九二年)を軍事占領した傲慢・強欲さ、さらに力によって呑み込んだチベットやウイグルや内モンゴルを強権的に支配している残忍さを視るとき、中共が今、「南京事件はなかった」という河村たかし発言に対して強く反発しているのは、単に、歴史的事実に関する見解の違いを云々しているのではなく、中共が、「南京事件」を、「日本侵略の心理戦の武器」として使っていることを明らかに示している。

 即ち、中共の河村非難は、「南京事件」によって、日本人を自虐史観に閉じこめ、中共に対する「負い目」を定着させて日本の抵抗力を削ぐという狙いを先行自白(語るに落ちる)しているのだ。つまり、「南京事件があった」とは、中共からみれば日本侵略の突破口であり、従って、わが国の国防上の問題なのである。

 よって、中共が河村発言に反発して騒いだ以上、我が国と国民は、もはや止まってはいけない。「南京事件はなかった」を貫き通すのだ。ないものはない、と。

言うべきことを言う男

 それにしても、中共は、おもしろい男の発言に反発したものよ、と思う。河村かたし君とは、平成五年の衆議院選挙で初当選した同期で、歳も同じだ。お互いに、面白いやつと思っていたと思う。彼も、党内で積極的に発言していた。笑われても平気だったが、よくぼやいていた。決してイケメンでもスマートでもなく、松下政経塾出身者にみられるような若いくせに世渡りがうまいという雰囲気もなかった。

 私は、民社党出身で名古屋の春日一幸民社党委員長は親分だった。そして、彼は春日一幸の秘書をしていた経験があり、いつの間にか、彼とは、「こら河村」、「なんじゃ兄貴」と言い合うようになった。

 彼の党内での発言で、良いことを言ったと印象に残るのは、両院議員総会で、「役職では年功序列は致し方ないのだろうが、政策には年功はにゃーじゃねいですか。政策は大いに議論して、年功で判断するのではなく中身で判断してくだーせいよ」と発言したことだった。つまり彼は、役職には恵まれなかったが、言うべきだと思ったことをはっきり尾張弁で言っていた男だった。それで私は、彼が党首選に立候補する際の推薦議員になった。

 要するに彼は、波風が立とうが立つまいが、役職から遠ざかろうが、言うべきだと思ったことははっきり言う男である。中共が騒いでいる相手は、こういう男である。

 彼は、戦時の南京滞在経験談を父親から聞いていて、二月二十日、名古屋市を訪問した南京市の共産党市委員会委員に「南京事件はなかった」と言ったのだ。戦中世代の彼の父親が、その世代の名誉のために、息子をして歴史の真実を言わしめたのかも知れない。すると、その発言を伝え聞いた中国外務省が反発し中共のメディアも大々的な河村発言糾弾のキャンペーンを始めた。

 河村市長の中共入国禁止、支那人の名古屋観光取りやめ、さらに彼のように「侵略の歴史を美化する右翼人物」として石原慎太郎東京都知事の名をあげた……というお決まりの筋。これら全て、大歓迎だ。中共には、一昨年九月の尖閣における中国漁船船長逮捕以上に大騒ぎをしてもらいたい。

 そこでこれから、河村発言に関して騒いでいる中共に対して、如何に対処するかを述べる。この発言は名古屋市長としての発言であるから、以下、呼び方を河村市長と統一する。(前衆議院議員 西村眞悟)続きは月刊正論5月号でお読みください

 ■西村眞悟(にしむら・しんご) 昭和23(1948)年、大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。弁護士を経て平成5年の衆議院選に初当選。拉致問題をはじめ靖国、憲法、国防など国家の根本問題に積極的に取り組み、連続5期務めるも21年8月の総選挙で落選。著書に『闘いはまだ続いている』(展転社)、共著に『国益会議』(PHP研究所)など。