雑誌正論掲載論文

世はこともなし? 第84回 流木遊び人

2012年05月29日 03:00

コラムニスト・元産経新聞論説委員 石井英夫

 3月のさる日、産経の論説室を経由して、私の自宅に熊本の松岡忠明さんという方から贈り物の包みが届けられた。(月刊正論7月号)

 あけてみるとクロモジのつま楊枝や箸や茶杓などの木工品が、それこそ束の山になってでてきた。いずれもゴツゴツした手触りの、自然味たっぷりの品々である。

 「流木遊び人」と銘打った松岡さんの名刺が添えられ、「日本野鳥の会」「熊本県自然ふれあい指導員」といった肩書が印刷されてあった。熊本県上益城郡山都町というところの人で、「古い産経抄の愛読者でした」という手紙が入っていた。うれしいことに『正論』の購読者でもあるという。

 熊本・山都町といっても未知の町だ。九州の地図を広げてみた。九州のまんなか、熊本市の東南30キロほどの山里らしく、阿蘇山の遠い南麓に位置している。近くに緑川という名の川が流れていた。

 “流木遊び人”とは何なのだろう。

 説明書きがあった。熊本の山都地方でも、昔あったカヤぶき屋根の民家が相次いで姿を消した。その民家には支柱などに使われた竹の材料が、永い年月をへて柿色や赤銅色に染めつけられていた。

 それをスス(煤)竹という。それらはつややかな色彩のスス竹色をし、ことに縄目の跡から浮き出ている黄金色のぼかし模様は、際立った美しさを見せていた。

 湿気に弱い屋根のカヤを保つために、土間のカマドやイロリで火をたき続け、その火がカヤぶき屋根全体から立ちのぼることで乾燥の役目を果たしてきたのだという。

 以前、農家ではそうして乾燥した丈夫なスス竹を利用して、竹カゴなどの生活用具を作った。しかしカヤぶき農家が姿を消して久しく、いまはスス竹は茶道具の茶杓として重宝されているばかり。さいわい山都地方では250年の歴史をもつ中川家が田小野集落にあり、そのカヤぶき屋根が30年に1度修理される。そのさいにでるスス竹を大事に活用し、茶杓などを作るということだった。

 松岡さんは緑川支流の鴨猪谷渓谷で野鳥観察をかねた木工場を設け、そのスス竹で茶杓や耳かきやマドラーなどの工芸品を作っている。緑川は原生林からでる風倒木など流木の宝庫でもあった。それもまた一種の自然遺産で、その流木を拾って木製バターナイフやスプーンを作っていると書かれてあった。

 なるほど“流木遊び人”か。しかしまたなんと優雅で風流な自然暮らしではないか。続きは月刊正論6月号でお読みください