雑誌正論掲載論文

原発のない夏 高まる大停電の足音 産経新聞論説委員・長辻象平

2012年06月27日 03:00

はじめに

 この夏は、日本で戦後最大の大規模停電が懸念されている。理由は言うまでもなく、5月下旬の時点でも、国内の全原発50基が運転を停止しているからである。計4600万キロワットの発電能力を封印された状況で、7月から9月にかけての猛暑の季節を乗り切れるのか――。

 地域電力9社の需給見通しは、いずれも厳しい。原発の再稼働が進まず、一昨年並みの暑さだと、関西電力や九州電力、北海道電力では、会社の供給(発電可能量)がその地域の需要(消費電力)に届かない見通しだ。計画停電もあり得るだろう。他の電力会社の場合も余裕はない。走り高跳びに例えれば、バーを揺らしながらのクリアだ。

 電気の需要と供給のバランスがとれなくなるとどうなるか。送電系統に負の連鎖反応が始まって、多くの場合、たちまち制御不能の奈落に向けて突き進む。結果は、社会の全機能を麻痺させる広域大停電の発生だ。

 この夏は、綱渡りの状態に等しい。深い谷をまたいで、こちらの岸から向こう岸へ1本のロープが張られている。その上を危ういバランスをとりながら歩いて行く綱渡り師の姿に、今夏の電力会社の苦境が重なる。

 電力会社が保有する火力発電所や水力発電所の発電能力を総計した供給可能量と、地域社会が消費する電力である需要量を比較して、「足りる、足りない」の議論に終始しているのが今の政治の実態だ。供給が需要を上回るといっても、先ほどの綱渡りの例で考えると、ロープが向こう岸まで届いているというにすぎない。

 電力会社は毎年、夏場の電力供給に万全の態勢でのぞむ。先ほどの譬えで言えば、細いロープではなく、幅のある架橋を整備する。だが、今夏は原発の停止で、電力会社の系統運用に必要な発電上の余裕や自由度が減っている。

 普段なら対処可能な火力発電所の故障や、落雷といった小トラブルがシステム全体に影響を及ぼして、命取りになりかねない事態なのだ。

「常時需給一致」の原則

 原発を欠く今夏の厳しさを適切に理解するためには、電力というエネルギーの特性を知っておくことが不可欠だ。

 電力の需要と供給は、24時間、365日を通して、常に一致していなければならない。具体的に説明すると、ある時点での消費量が3千万キロワットなら、そのときの発電量も3千万キロワットに合わさなければならない。次の瞬間に使用量が増えて3030万キロワットになるようなら、電力会社はすかさず発電機の出力を30万キロワット増して、それにそろえる。秒単位での操作なのだ。

 このように電力会社は、時々刻々変化する需要に合わせて発電所の発電装置を制御しながら電力供給を続けている。これが「同時同量」の原則だ。「常時需給一致」とも表現される。水道水やガスのように貯めておいて適当に使うということはできないのだが、それが世の中には理解されていない。同時同量の制御に至っては、知っている人を探すのが難しいほどである。

 この同時同量を、縁の下の力持ちのように支えているのが、電力会社の中央給電指令所という部署だ。関西電力の場合は11基の原発をはじめ、合わせて約300基に上る各種の火力、水力発電の発電機に指示を出しながら安定供給を行ってきた。電力9社の中でも、発電量に原発の占める割合が高いのが関西電力の特徴だ。

「その原発が止まっていることで、潮流が変わっています」と、電力中央研究所・システム技術研究所の栗原郁夫所長は話す。

 潮流とは、電力の潮流で、送電網における電気の流れ方のことである。

 「関西電力では、全供給電力の半分をまかなってきた原発が管内の北部に集中しています。そこからの電気が来なくなっていることによる潮流変化の影響は大きい。中央給電指令所のオペレーターの仕事は大変なはずですよ」

 深い渓谷にかかる橋の幅がどんどん狭まって、一本のロープと化しているイメージが浮かぶ。

 「系統運用にほとんど余裕がない中で、よくやっているなあと思います」

秒刻みの対応に追われる給電業務

 中央給電指令所の機能をもう少し知っていただくために、福島事故以前の8月上旬の電力ピーク期に、東京電力で取材したときのことを紹介したい。

 厳重なセキュリティーシステムに守られた指令所内の壁面には、東京電力が保有する原子力・火力・水力の発電所名と発電号機、その時点での出力数値がずらりと表示されていた。それらを一望できる位置にオペレーターの席があり、その真正面の上方の画面にはカーブを描いた赤と緑のグラフが表示されている。赤線が管内の一都八県における午前零時からその時刻までの電気の需用量の推移を、緑の線がそれをまかなう原子力と火力発電などによる発電量の推移を、それぞれ示している。

 この真下にもう一つの画面がある。周波数計だ。中央を縦に走る青い直線が50ヘルツの基準線。東日本で使われている電気の周波数だ。画面には基準線の左右に小さく振れる地震波のような白いラインが描かれていく。左右への振れ幅の許容範囲は、50プラスマイナス0.2ヘルツ。同時同量が保たれているかは、この画面で確認する。発電量が多過ぎると白いラインは右に、消費量に追いつかないと左に振れる。

 私が取材していた午前9時ごろは、社会の動きが活発化していく時間帯に当たる。夏のこの時間帯には、わずか10分間のうちに100万キロワットも消費電力が急増する。山梨県1県分に相当する電力だ。

 こうした需要の伸びに合わせてオペレーターは、各地の火力発電所の発電機に出力指令を無線で次々発信する。このあたりから指令所内に緊張感が張りつめる。

 同じ火力発電でも燃料代に違いがある。それも勘案しつつ、石炭火力から出力を増加させ、LNG(液化天然ガス)、石油の順に稼働させていくのだが、急な需要の伸びに対応する場合には発電機の「足の速さ」も考慮に入れる。

 午後3時ごろには、1日の最大需要が訪れる。このピーク対応では、火力発電に加えて、迅速な出力調整が可能な揚水発電の出番となる。電力需要の少ない夜のうちに安価な原発の電力を利用して、山の下の池から上の池に水を汲み上げておき、昼にそれを落として電気に変えるのが揚水発電だ。一気に落とせば急速な需要の伸びに追随できる。

 こうして電気の需要に供給を秒刻みで一致させ、50プラスマイナス0.2ヘルツの周波数を維持している。

 オペレーターの頭の中には、各火力や水力発電機の個性までが入っていて、天候や社会の動きに対応しながら、最適の発電機の組み合わせを瞬時の判断で決めるのだ。楽団を率いて名曲を演奏するオーケストラの指揮者に通じる高度な任務を、中央給電指令所が担っていることがお分かりいただけたと思う。続きは月刊正論7月号でお読みください