雑誌正論掲載論文

【特集】韓国につける薬はあるのか 私はなぜ、韓国に入国できなかったのか

2013年09月05日 03:00

拓殖大学教授 呉善花 月刊正論10月号

【韓国内の「反日」がますますエスカレートする中、評論家の呉善花・拓殖大学教授が韓国への入国を拒否され、強制的に日本へ戻される事件があった。言論人である呉さんがどうして、言論の自由が保障されているはずの韓国から締め出されたのか。その背景には、国家機関までも反日に駆り立てる韓国メディアの異様な世論操作が見え隠れする。韓国で今、何が起きているのか――。渦中の呉さんが激白した】

消えた言論の自由

 7月27日の出来事を、私は決して忘れないでしょう。

 あの日、仁川空港での入国審査で、私が提示したパスポートを開いた係官は顔をしかめて私を凝視し、別室に行くよう指示しました。そこで私は6時間近くも拘束されたあげく、理由も告げられずに日本行きの便に乗せられたのです。そのことは翌日の産経新聞に大きく取り上げられましたから、読者の方々の記憶にも新しいことでしょう。

 韓国政府や入管当局の対応が許し難いのは言うまでもありまでんが、私が何より許せないのは韓国メディアの報道ぶりです。私の知る限り韓国では、今回の事件について新聞などでは私を一方的に攻撃するだけで、言論の自由や人権の侵害に触れた論評は皆無でした。

 例えば8月2日付の朝鮮日報(日本語版)は、『「B級スピーカー」呉善花とその一味の取り扱い方』と題して、次のようなコラムを配信しました。

「韓国を誹謗中傷することで悪名高い韓国系日本人の呉善花氏(56)が韓国入国を拒否されると、この措置に多くの人々が拍手を送った。記者自身も小気味よさを感じた。どれだけひどく母国をけなしてきた人物であることか。韓国人にあれほど嫌な思いをさせてきたのだから、これくらいの不利益は受けて当然だというのが普通の国民感情だろう。やりたい放題やってきた日本の極右派に韓国人の怒りを見せてやるべきだという思いもある…」

 これが、新聞に載せるべき文章でしょうか。インターネット上に飛び交う誹謗中傷と何ら変わらないではないかと、呆れてしまいます。世論が冷静さを失いかけているとき、理性的な言論によって自制を促すのが社会の公器たる新聞の使命です。ところがこのコラムは、過熱する世論に同調し、それを煽っているかのようです。

 しかもコラムには、こんなことまで書かれていました。

「もしかしたらこれは呉善花氏が『企画した入国』ではなかっただろうか。同氏は6年前にも済州島に来て入国拒否されている。自分が韓国法務部の入国禁止リストに載っていることは同氏も知っているはずだが、それを知りながら意図的に入国拒否という場面を演出しようとしたのではないだろうか。事実、産経新聞はこのニュースを1面トップ記事として掲載、『(韓国には)人権がない』と報道した。『反韓商売』で食っている呉善花氏としては今回も一仕事したというわけだ…」

 およそ新聞記者が書いたものとは思えない、とんでもない妄想です。6年前に入国を一時拒否されたのは事実ですが、その後私は何度も韓国に入国しています。調べればすぐに分かるはずなのに、こういうデタラメを書いて読者を惑わすとは、もはや言論機関としての使命を放棄したとしか思えません。

 ほかにも、このコラムは私を「主流を外れたB級論客程度」とし、微々たる影響力しかないのだから「むきになって対応措置を取る必要も、そうする価値もない」と結んでいます。

 B級かC級かはともかく、私はこれまで、言論によって日韓の文化的な違いを明らかにしようとしてきました。韓国で生活していると、悪いのはすべて日本であるかのような意識を持ってしまいますが、韓国自身にも反省すべきところはあるし、日本について見直すべきところもあります。そうした認識を持ってこそ、心からの日韓友好が築けると思うからです。

 この私の主張を批判するのは構いませんが、自分たちの考えと違うからといって物理的に排除することを許せば、民主主義にとって最も大切な言論の自由はなくなります。そうした基本的な視点が韓国メディアに一つもないのは、いったいどうしたことでしょう。もしも、このコラムを書いた記者の文章表現が不穏当であるとして日本政府が入国を拒否したら、韓国メディアは黙って従うのでしょうか。

煽られた政府当局

【韓国政府が今回、入国拒否という不当な措置をとったことについて、呉さんは「韓国メディアに煽られたことが原因の一つ」と指摘する。今年4月下旬には、呉さんが安倍首相の食事会に招かれたことも曲解して報じられ、呉さんに対する誤ったイメージが広がっていった】

 韓国メディアによる感情的な反日報道は、昨年末に安倍政権が発足して以来、事ある毎に繰り返されてきました。そして、日本で憲法96条改正の議論が高まった4月の終わりから5月の初めにかけて、一段とエスカレートしたように思います。韓国メディアは憲法問題とともに、麻生太郎副総理らが春の例大祭で靖国神社を参拝したことを激しく批判。また、4月28日に開催された「主権回復の日」の記念式典で安倍首相らが天皇陛下万歳を三唱したことに「ハイル・ヒトラーと同じ意味だ」などと猛反発し、反日世論を盛んに煽りました。

 ちょうどその頃、私は連休を利用して韓国に滞在していましたから、当時の様子をはっきり覚えています。朝も昼も晩もニュースは安倍政権への批判一色で、それをみていると、私ですら日本に軍国主義が復活するかのような錯覚を抱いてしまうほどでした。そしてその中に、私が安倍首相の食事会に招かれたことを曲解して伝える報道があったのです。それは概ね、次のような内容でした。

「安倍首相は4月26日夜、呉善花など極右派の人物と首相官邸で食事した」

「同じ日に安倍首相は、国会で『歴史は専門家に任せるべきだ』として、過去の侵略戦争を否定するかのような答弁をした」

「呉善花は歴史を歪曲する著書を多数出版しており、安倍首相が言った『専門家』とは、呉善花のような人物を指すのではないかと話す日本のジャーナリストもいる」…

 このような報道は、悪意に満ちたこじつけ以外の何物でもありません。私の専門が文化論であり歴史ではないことを、韓国の記者も知っているはずです。しかし、日本では一笑に付されるような記事でも、事情を知らない韓国では大げさに捉えられてしまいます。今回の入国拒否も、この報道に煽られたためといって過言ではないでしょう。なぜなら私は、この報道が出るまで韓国に何度も出入りできたからです。

続きは正論10月号でお読みください。

■ 呉善花氏 1956年、韓国済州島生まれ。1983年に来日。東京外国語大学大学院地域研究科修士課程修了。2005年に日本に帰化。著書に『スカートの風』『攘夷の韓国 開国の日本』『私はいかにして〈日本信徒〉となったか』『「日帝」だけでは歴史は語れない』など。