雑誌正論掲載論文

世はこともなし? 第97回 天界の塵の塵

2013年06月25日 03:00

コラムニスト・元産経新聞論説委員 石井英夫 月刊正論7月号

 我が家に送られてくる俳句同人誌『あした』5・6月合併号が、「宇咲冬男追悼」を特集していた。

 この少し変わった俳号をもつ俳句作家・宇咲冬男の本名は小久保誠。元産経新聞の社会部記者である。埼玉県熊谷市の名刹・常光院に生まれ、俳句結社『あした』の創始・主宰者であり、いまは監修者だったが、この1月31日に82歳で他界した。

  荒星の吹きちぎらるることはなし

  天界の塵の塵なる安居かな

 その道に私は暗いが、彼のつくる俳句の抒情は遠い宇宙へ広がるほどスケールが大きく、格も調べも一級品だと思い尊敬していた。俳誌の発行も自然の季に合わせるなど、新聞記者らしく新鮮でジャーナリスティックな句も多い。しばしば産経抄にも引用し、しばしば一緒に酒を飲んだ。

 晩年の冬男は、80を過ぎて海外と広く交流した。ロシア、ドイツ、イギリスなど足が悪いのに軽々と飛び回っていた。ドイツのバラの町バート・ナウハイム市で開催された初のヨーロッパ俳句会議(13カ国参加)に日本代表として出席している。

 同市に「薔薇は実に人活き活きと薔薇の町」という自作の句碑まで建ててもらっているというから半端ではない。

 平成18年の春だったか、その町のバラ博物館長キュープラーという女史が来日し、冬男が同席し日本プレスセンターで記者会見をした。私も出席したが、彼女は冬男の指導でドイツ語の俳句の勉強をしていた。席上、何か作品を披露してくれと頼んでみたら、「棘の間に薔薇麗しく棲む不思議」という句を詠んでくれた。むろん原語はドイツ語だが、日本人シュレーダー美枝子さんという方が日本語訳したのがその句だった。

 いかにもドイツ人らしく論理の筋道が通っている。いや通り過ぎていて、羽織はかまでしゃちほこばっている。俳味は乏しいが、これもお国柄かと感心した記憶がある。

 日本の俳句人口はざっと1千万人というが、ドイツは200人ほど。
「ドイツの俳人はだれもが孤独です。そもそも俳句は1人でひっそりうたうものでしょう。日本では俳句や連句はグループで楽しんでいる。座や句会というものがあってみんなで賑やかに批評し合ったりする。その違いが面白いし、すばらしい」

 バラ博物館長がそう語っていたのが忘れられない。

続きは正論7月号でお読みください。

■ コラムニスト・元産經新聞論説委員 石井英夫 昭和8年(1933)神奈川県生まれ。30年早稲田大学政経学部卒、産経新聞社入社。44年から「産経抄」を担当、平成16年12月まで書き続ける。日本記者クラブ賞、菊池寛賞受賞。主著に『コラムばか一代』『日本人の忘れもの』(産経新聞社)、『産経抄それから三年』(文藝春秋)など。