雑誌正論掲載論文

殺人教師にでっち上げられて10年… モンスターペアレントとの長き闘い

2013年04月15日 03:00

 異常なクレームとバッシング報道に脅えた校長と市教委は、 全ての責任をひとりの教師に押しつけた。そして彼らは今…

ノンフィクション作家 福田 ますみ 月刊正論5月号

 ショッキングな事件とあらば飛びつくマスコミにとって、これは格好のネタだったに違いない。

 2003年5月、福岡市の公立小学校の教師が、教え子の児童に対し、人種差別によるいじめや体罰、自殺強要を行ってPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症させたとして、バッシング報道が繰り広げられた事件があった。

 きっかけは朝日新聞西部本社版の記事だが、一躍全国区にのし上げたのは「週刊文春」である。「『死に方教えたろうか』と教え子を恫喝した史上最悪の『殺人教師』」。目を?くようなタイトルと実名、顔写真を晒しての告発に、全国ネットのワイドショーまでが取り上げる大騒動になった。

 2007年1月に発行された拙著『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮文庫)は、関係者の証言によってこの事件を再現し、教諭が無実であることを訴えたルポである。児童の保護者による民事訴訟の控訴審の判決で、わずかな体罰やいじめが認定されてしまったところで締めくくったが、教諭の冤罪を確信している筆者としては納得のいかない幕切れだった。

 ところが、この事件にはさらに続きがあったのである。

 それを語る前に、まずは事件を振り返ってみよう。

10カウントと5つの刑

 被害を受けたとされる4年生の児童、浅川裕二(仮名)の母親、浅川和子(仮名)は、2003年5月に行われた家庭訪問の際、担任の川上譲(仮名)教諭が常識では考えられないことを口走ったと主張した。教諭は、和子の祖父がアメリカ人であることを聞き出すや、「血が混じっているんですね」と言い出し、その後アメリカ批判を展開。「日本は島国で純粋な血だったのに、外国人が入って来て穢れた血が混ざってきた」と発言したという。

 この家庭訪問の翌日から、教諭による凄惨ないじめが始まったという。下校前、教諭は裕二に「10数える間に片付けろ」といい、10秒間でランドセルを取りに行き、学習道具を入れることを命じた。それができないと、「アンパンマン」(両?を指でつかんで強く引っ張る)、「ミッキーマウス」(両耳をつかんで体が浮くほど強く引っ張る)、「ピノキオ」(鼻をつまんで振り回す)などの「5つの刑」のうち一つを裕二自身に選ばせ、体罰を加えるなどした。

 この「10カウント」と「5つの刑」は毎日、「帰りの会」の時に他の児童の前で行われ、裕二は大量の鼻血を出したり、耳が切れて化膿するなどした。また教諭は、「穢れた血を恨め」と暴言を吐き、クラス全員でのゲーム中にも、「アメリカ人やけん、鬼」などとひどい差別発言を繰り返していた。

 さらに教諭は裕二に対し、「お前は生きる価値がない。早く死ね」などと「自殺強要発言」までしていたという。これらのいじめにより、裕二は深刻なPTSDを発症したという。

 この両親の訴えに対して、川上教諭は、すべて事実無根であると主張した。騒ぎの発端である家庭訪問にしても、裕二の漢字や割り算のテスト結果、裕二が属しているサッカークラブでのことなど、担任教師が家庭訪問で話すごく普通のことを伝えただけである。

 和子の祖父がアメリカ人であることは和子の方から切り出したことであり、通訳や翻訳の仕事をしていること、小さな頃、フロリダに住んでいて帰国した時日本語がしゃべれなくて困ったことなどを、彼女は長時間しゃべり続けた。

 「血が混じっている」という言葉にしても、「ああ、アメリカの方と血が混じっているから、(裕二君は)ハーフ的な顔立ちをしているんですね」と返しただけであり、「血が穢れている」とは断じて言っていないという。

 教諭は、その後の教室でのひどい体罰や大量の鼻血が出るような怪我、「アメリカ人やけん、鬼」などの差別発言も一切を否定する。

 「10カウント」については、裕二は帰り支度が遅く他の児童にまで迷惑をかけていたので、「はい、10数えるからランドセルを取って来て」と指示しただけのことである。

 アンパンマンやミッキーマウスについては、あたかもひどい体罰のように報道されたが、そもそも、体罰にならない上手な叱り方として教諭が先輩教師に教わったもので、ほんのちょっと?や耳や鼻に触る程度のことである。「5つの刑」という言葉は使ったこともない。

 自殺強要発言については、西日本新聞を読んで初めて知ったほどである。あまりにも荒唐無稽な話で、怒りを通り越して呆れてしまったという。

初認定された「教師のいじめ」

 教諭は当初、浅川側の抗議に対し「やっていない」と強く否定していた。しかし浅川夫婦の剣幕に恐れをなした校長と教頭は、事実関係の詳しい調査もせず、川上教諭に謝罪を強要したという。ただしこの時点では、「自殺強要発言」や裕二のPTSDについては浅川夫婦から訴えはなかったため、この点について教諭は謝罪していない。

 ところが浅川夫婦はこの謝罪にも納得せず、「担任を替えろ」と強硬に主張。困り果てた校長は川上教諭を担任から外したが、それでも抗議を続ける夫婦に全面降伏。教諭を市の教育センターに預けてしまった。そしてこの頃、朝日新聞の取材を皮切りに、マスコミの激しいバッシング報道が始まったのである。

 続きは正論5月号でお読みください。

■ 福田ますみ氏 昭和31(1956)年、横浜市生まれ。立教大学卒業。専門誌、編集プロダクション勤務を経てフリーに。犯罪、ロシアなどをテーマに取材、執筆活動を続ける。著書『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』で第6回「新潮ドキュメント賞」受賞。ほかに『暗殺国家ロシア?消されたジャーナリストを追う』『スターリン 家族の肖像』など。