雑誌正論掲載論文

世はこともなし? 第90回 夢のさめぎわ 石井英夫

2012年11月25日 03:00

 文化庁がまとめた平成二十三年度「国語に関する世論調査」では、ケータイや電子メールの普及で漢字を書く力が衰えたと感じている人が七割もいるという。

 興味を惹いたのは、日常の会話で意味をとり違えた表現を使う人の割合がおよそ半数に上ることがわかったということ。

「本心でないうわべだけの巧みな言葉」をいう「舌先三寸」より「口先三寸」を使う人が多くなったり、「にやける」という言葉を「なよなよしている」ではなく「薄笑いを浮かべている」という意味で使う人が多くなったり…。事実上の誤用の割合が本来の使い方を上回り〝市民権〟を得ている。言葉は変化していくものだから評価は難しいが、「コミュニケーションの阻害要因にもなりかねないので、広がらないほうが好ましい」と文化庁はいっていた。その通りだろう。

 ところで、言葉の誤用というのではないが、説教の誤算とでもいいたくなるようなエッセーがあった。折角のお言葉ですがトンチンカンですよ。その言い分は少し方向が違いやしませんか。

 ほかでもない、今をときめく世界的作家の村上春樹さんが九月二十八日の朝日新聞に寄稿したエッセーである。「魂の道筋、塞いではならない」と銘打ち一面トップと三面を大きく使って、竹島・尖閣問題の日中韓文化交流への影響を憂えていた。

 そのエッセーで村上さんは、北京の書店から日本人が書いた書物が撤去された出来事について、「(日本が)どうか報復的な行動をとらないでいただきたい」と書いている。だがそんなご心配は文字通り杞憂である。

 日本のどこの町でもどこの村でも、経済的であれ文化的であれ、中国で行われたごとき野蛮な破壊行動が生まれたことは全くない。

 そしてエッセーは「『我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない』という静かな姿勢を示」すことが大切だ、と書き進めている。

 お説ごもっともだが、すでに述べたようにそのような蛮行は日本では全く見られないのだ。

 ところがあの反日デモのあとの九月下旬、北京の税関当局が東京から配送された日本の新聞各紙を没収していたことがわかった。

 また中国の動画サイトで、日本のドラマや映画の番組が一覧から一斉に削除され、見られなくなっていた。

 臆面もない思想や文化の弾圧であり、封殺である。まさに現代の〝焚書坑儒〟だった。

 つまりそのエッセーは、日本人に対してではなく、中国人に向かって発してほしかった。朝日新聞でなく、人民日報や環球時報の紙面にこそ発表してほしかった。ちょいとばかりトンチンカンで方角違いと思うほかなかったのである。続きは月刊正論12月号でお読みください

コラムニスト・元産經新聞論説委員 石井英夫

 昭和8年(1933)神奈川県生まれ。30年早稲田大学政経学部卒、産経新聞社入社。44年から「産経抄」を担当、平成16年12月まで書き続ける。日本記者クラブ賞、菊池寛賞受賞。主著に『コラムばか一代』『日本人の忘れもの』(産経新聞社)、『産経抄それから三年』(文藝春秋)など。