雑誌正論掲載論文

[総力特集]中国の恫喝に屈するな「反三戦」をただちに撃て!

2012年11月05日 17:17

 尖閣をめぐり、中国が繰り広げている「三戦」―弾丸なき戦いへの反撃の妙手(産経新聞特別記者・湯浅 博)月刊正論12月号

尖閣をめぐる「三戦」

 いやしくも一国の政府を代表する者が、よくも口汚い言葉を羅列して激高型の演説をしたものである。この秋、ニューヨークの国連総会に出てきた中国の楊潔◆(=簾の广を厂に、兼を虎に)外相と李保東国連大使が、日本に異様な罵りの言葉を吐いた。それらの演技に既視感があるのは、北朝鮮のけたたましい演説に慣れているせいかもしれない。やはり、中国は北朝鮮の兄貴分であった。外縁に向かって序列の低い異民族を支配する中華帝国なのである。

 その国連演説の中身も卑劣の一語に尽きる。日本による尖閣諸島の国有化は、中国の主権への「重大な侵害だ」とは、勝手な解釈による理不尽な言い分だ。その理由になるとさらに勝手で、日清戦争末期に「中国から盗んだ歴史的事実は変えられない」とウソを承知で罵倒する。日本が尖閣諸島を無主の島であることを確認して領有したのは、1895年4月の下関条約より前のことで、清国が日本に割譲した「台湾及び澎湖島」にも尖閣は含まれていない。続く李大使の用語法も、「強盗のロジックと同じ」「植民地主義的」などと、やはり歴史を絡めて日本を非難した。

 中国が歴史カードを使ったのは、国連そのものが敗戦国を封じる戦勝国クラブとして発足したことに関係する。国連憲章には日本を敵国とみなす「敵国条項」が残されたままである。日本とドイツは「この憲章のいずれかの署名国の敵国であった国」(第五十三条)と扱われ、国連とは元来が戦勝国による戦勝国のための国際機構だったことを呼び起こす。楊潔?外相らは、主要国に日本が「戦犯国家」だったことを思い出させ、彼らを巻き込んで日本を叩く格好の舞台とみた。しかも、歴史カードは日本に罪の意識を呼び起こす金縛りの道具である。

 楊外相と李大使の国連演説は、歴史と法律の顔をした巧妙なプロパガンダであったのだ。その品性下劣な言葉遣いに各国の代表は呆れたが、ウソも百篇という効用もある。何度も繰り返されると、本当かも知れないという気にさせる古い詐術だ。彼らはこれを「世論戦」「心理戦」「法律戦」などと呼んで、弾丸なき戦いと心得ている。

 もともと、黄河流域で「中原に鹿を逐う」群雄割拠の時代から、互いに宣伝工作戦を磨いてきた。彼らのいう抗日戦争の期間も、中国国民党は戦場での劣勢を補うべく日本軍の「非人道性」をデッチ上げて国際社会に喧伝し、国際世論の獲得に成功している。その国民党を打倒した中国共産党は、戦後の日本で「米帝国主義に対する民族解放闘争」として、日本共産党を煽った。それに失敗すると、今度は日米安全保障条約や軍国主義復活に対する非難キャンペーンに転換する。

 文化大革命を批判する記事を書いて駐在先の北京から追放された産経新聞の柴田穂(当時外信部次長)は、月刊正論の一九七五年九月号で、中国が日本に対しては「武力闘争よりも政治的、心理的な揺さぶりの方が効果的であると見ている」と早くから警告していた。柴田は「中国が日本を屈伏させようとするならば」として、軍事より心理的な・武装解除・の道を選ぶという。なぜなら、「それがいちばん日本人の弱点であることを中国が知り抜いているからである」と書いた。

 中国は威嚇、欺瞞、離間という手慣れた心理戦によって、その「日本人の弱点」を突いた。日中平和条約交渉に際しては、自民、社会両党の親中派を北京に招いて、この条約にソ連が標的の「覇権反対」を盛り込むよう露骨な工作をした。一九七二年九月の国交正常化にあたっては、慎重だった佐藤栄作内閣を自民党反主流派、野党の政治家、財界、マスメディアを使って揺さぶり、退陣に追い込んだ。新たな首相選びでも佐藤路線の後継者だった福田赳夫に対する国交樹立積極派ら(田中角栄、三木武夫、大平正芳、中曽根康弘)による包囲網を敷かせ、田中が首相となる環境を作り出した。その一翼を担ってきた中国共産党の人民解放軍は、一九九〇年以降の湾岸戦争では相手を揺さぶる心理戦だけでなく、国際法やマスメディアを利用することが戦局や外交に影響することを学んだ。

妥協は「心理戦」への敗北

 防衛研究所研究員だった斉藤良氏は、二〇〇三年十二月に改定された人民解放軍の「政治工作条例」に、堂々と「世論戦、心理戦、法律戦を実施し、敵軍瓦解工作を展開する」と書き込まれたことに注目する(斉藤「中国の三戦と台湾の反三戦」『陸戦研究』平成二十二年六月号)。これら非軍事の三つの戦いを駆使して、相手国の打倒を狙うという。

 現役の将校が書いて話題を呼んだ一九九九年発行の『超限戦』にも、・視聴者を操り世論を誘導するメディア戦・デマや恫喝で相手の意思をくじく心理戦・先手を取ってルールをつくる国際法戦─として登場する。ちなみに、実力者、習近平氏の彭麗媛夫人は文芸工作を担当する将官待遇の幹部である。二〇〇九年十一月に来日したときは、人民解放軍政治部歌舞団の団長として学習院で公演し、皇太子殿下も観覧された。習総書記の時代を迎えると、三戦がさらに加速する可能性がある。

 今回も九月十一日、日本政府による尖閣国有化をきっかけとして、中国は世論戦、心理戦、法律戦の三戦を総動員して「日本人の弱点」を突いてきた。温家宝首相による「主権と領土問題は半歩たりとも譲らない」という強硬発言が、いわば対日攻勢の開始宣言であった。

 まず、北京や上海など主要都市で、巧みに計算された反日デモが発生したのがそれだ。北京の日本大使館前のデモは、グループごとに整然と実施され、「中国共産党万歳」とのスローガンが踊った。デモの背後には、当局の影が見え隠れして、「百元(約千二百円)をもらってデモに参加した」という声も聞こえた。ただ、これを引き金に民衆が暴徒化したため、あわてた当局は、一転してこんどは制御に動いた。人々の汚職や経済格差への不満が、一気に共産党体制を揺さぶりかねないからである。

 問題の尖閣諸島の周辺海域では、いよいよ我慢比べの消耗戦に入った。中国の公船は、一定のシナリオに基づいて連日のように姿を現す。デモも公船の出没も、相手がひるむのを誘う「心理戦」である。つい七月九日付の人民日報系の環球時報は、中国の取るべき戦術を列記して日本を揺さぶった。・巡航による主権行為を日本より多く実施する・日本が一歩進めたら、中国は一歩半でも二歩でも多く進める・両岸四地(本土、台湾、香港、マカオ)による保釣(尖閣諸島を守る)活動を強化させる・経済関係に悪影響を及ぼす─などの四項目を挙げた。この記事の中で、台湾の馬英九政権については、「当局はあまり熱心ではないが、民意として馬政権に呼びかけさせる」と、台湾を巻き込んで馬政権を動かす策謀を示唆した。台湾の漁船や巡視船が頻繁に尖閣周辺海域に現れたところを見ると、中国の魔の手が台湾にまで伸びてしまったか。

 これら東シナ海でみせる中国の威嚇戦術は、フィリピンやベトナムを相手に南シナ海でみせた威嚇とは異なっている。比越に対しては、対艦弾道ミサイルを装備した中国海軍の艦船をちらりと見せていた。弱者に力を誇示する古典的な「砲艦外交」である。

 一方、海軍力のある日本に対してはもっぱら海洋警察力を動員して、我慢比べに持ち込む。海洋監視船「海監」と漁業監視船「漁政」が繰り返し接続水域や領海に侵入する。人民解放軍はいまのところ、将官クラスが威嚇発言を請け負って日本の動揺を誘っている。続きは月刊正論12月号でお読みください

 ■湯浅 博(ゆあさ・ひろし) 産経新聞特別記者