雑誌正論掲載論文

中国が狙う「北極」と「南極」

2019年04月25日 03:00

元衆議院議員・元外交官 村上政俊 月刊正論5月号

 冷たい北極圏での各国の競争が熱くなっている。気候変動によって融氷が進み、艦船の航行などもより容易になってきた北極海では、これまでは考えられていなかった形で可能性が大きく拓けようとしているからだ。

 北極には、南極条約のような個別の法的枠組みは存在しない。海に囲まれた陸である南極と、陸に囲まれた海である北極は本質的に異なり、南極での法的な整理を北極に単純に当てはめることはできないからだ。しかし、それ故に各国は自国の権益を少しでも拡大しようと必死であり、進出競争は熱を帯びている。とりわけ中国の動きは活発であり、警戒を要する。

 中国の北極海進出は、各国の中でも決して早いほうではなかった。中国の探検隊が北極点に到達したのは日本に遅れること17年、1995年である。最初の北極研究所「黄河」をノルウェー・スヴァールバル諸島に設置したのは2004年だった。しかし、中国は最近になって急速に北極海への意欲を示すようになった。昨年1月に初の北極政策白書を公表。北極海航路を氷上のシルクロードと位置付けて、一帯一路との連結を打ち出したのだ。この中で中国は、自国を北極近隣国(英:Near-Arctic State、中:近北極国家)と定義しており、北極圏に位置していないにもかかわらず積極的に北極海に進出していることを正当化しようとしている。

 そもそも北極が注目される理由は何だろうか。まず挙げられるのが資源だ。米国地質調査所(USGS)によれば、北極圏には地球上の未発見天然ガスの30%、石油の13%が眠っているという。ほとんどのガス、石油資源が水深500メートル以浅にあり、採掘が比較的容易な点も魅力だろう。加えてこの海域では、金、銀、銅、ダイヤモンド、亜鉛、ウラン、レアアース、ニッケル等の鉱物資源も確認されており、水産資源も豊富だ。中でもロシアのヤマル半島の液化天然ガス(LNG)については、日本の安倍晋三首相もサンクトペテルブルク国際経済フォーラムでのスピーチで言及しており(昨年5月)、プーチン大統領との間で進める日露経済協力の大きな柱の一つとなっている。

 もう一つの大きな理由が新航路の可能性だ。例えば、日本から欧州に向かう際に北極海航路を利用すれば、マラッカ海峡からスエズ運河を経由する南回りの航路に比べて、距離を約3~4割も短縮することができる。航海可能な年間日数も10年前は約50日だったのが、依然として夏季に限定されているものの現在では約5か月間と飛躍的に増えている。また海賊の懸念がないため、保険料も割安という点も指摘できる。

 アジア諸国の中では北極海に最も近い我が国も、各国の権益争いを指をくわえてみているわけではない。国立極地研究所において科学的知見を蓄積するだけでなく、外務省は2013年に北極担当大使を新設。同年に初めて策定された国家安全保障戦略にも、北極海についての記述が盛り込まれたが、これは安倍政権が国家安全保障会議(NSC)を立ち上げた成果といえよう。昨年10月には河野太郎外務大臣が、日本の外相として初めてアイスランドを訪問。北極版ダボス会議とも称される「北極サークル」に出席することで、日本の北極への関心をはっきりと示した。

 北極について国際社会で最も広く認知されている協議体である北極評議会は、固定されたメンバー国である米国、カナダ、ロシア、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイスランドの8か国が中心だが、2013年に日本もオブザーバーの地位を獲得した。同時に中国、インド、韓国、シンガポールといったアジア諸国もオブザーバー入りしたことからも、各国の競争激化という現状が感じられるだろう。

 中国は、北極圏の国々への浸透にも熱心だ。自らを取り囲む環の中で、弱いところを見定めて崩しにかかるというのが、中国の常套手段だが、この問題でターゲットになっているのが、グリーンランドとアイスランドだ。

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■ 村上政俊氏 昭和58(1983)年、大阪市生れ。東京大学法学部卒業後、外務省入省。北京、ロンドンでの外交官補を経て退官。平成24年~26年衆議院議員。現在、同志社大学ロースクール嘱託講師、皇學館大学非常勤講師。