雑誌正論掲載論文

北の制裁破りを見逃し続ける 日本の国連安保理決議違反

2019年04月15日 03:00

元国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員 古川勝久 月刊正論5月号

 2018年1月18日、韓国の群山港に一隻の貨物船が入港した。トーゴ船籍の「タレント・エース号」(国際海事機構[IMO] 船舶識別番号9485617番)である。船長は気づいていなかったが、この船の動きを韓国政府当局は注意深く監視していた。この貨物船には国連制裁違反に関与していた容疑がかけられていたのだ。

 韓国当局が停泊中の貨物船を拿捕。船内を検査したところ、意外な事実が発覚した。この船は実際には、「タレント・エース号」ではなく「新盛海号」(シン・シェンハイ号:IMO船舶識別番号9485617番)という貨物船だったのである。「新盛海号」が「タレント・エース号」という全く別の船になりすましていたわけだ。

 韓国当局による船舶検査の後、国連専門家パネルもこの船の中に立ち入って船舶検査を行い、韓国政府の情報を確認した。

 貨物船が別の貨物船になりすますというのは尋常ではない。なぜ「新盛海号」は正体を偽装する必要があったのか。

 実は、「新盛海号」には、2017年7月~9月、国連禁輸品の北朝鮮産石炭を中国とベトナムに不正輸出していた容疑がかけられていたのである。

 通常、船舶は航行中に安全のために「船舶自動識別装置」を用いて、船名や位置、目的地などの情報を電波で送信するが、「新盛海号」は7月26日から29日の間、送信を遮断して、位置情報等が把握されないように行方をくらましていた。その間、北朝鮮・南浦港に寄港し、石炭を積載していたのである。米国政府は偵察衛星などを用いて、その事実を把握した。その後、北朝鮮産石炭を積んだ船はロシア経由で中国に北朝鮮産石炭を不正輸出したと考えられている。

 同様の手口で、「新盛海号」は8月31日に再び南浦港に寄港して、そこで密かに石炭を積載した後、今度はベトナムに不正輸出していたという。「国連制裁違反の確信犯」の容疑の船なのだ。これらの密輸事件が発覚した後、「新盛海号」は、「タレント・エース号」へと変身したのだった。

「新盛海号」の密輸事件当時の所有・運航会社は、香港企業「利百船務有限公司(Liberty Shipping Company Limited)」(以下、「リバティ社」と略称)だった。「リバティ社」は、一連の石炭密輸事件への関与により、米政府財務省により2018年2月に米国の単独制裁の対象に指定された。

 外見を見ても、「新盛海号」と「タレント・エース号」は同一の船だ。また、「タレント・エース号」の側面には「TALENT ACE」の英文字がペンキで塗られているが、よく見るとその下には「DONG CHIN SHANGHAI」という英文字とハングル文字の痕跡が見える。これは「新盛海号」の以前の船名「東星上海号」の英語とハングルの表記と同じである。

「新盛海号」の偽装工作が発覚した後、国際海事機構(IMO)は「タレント・エース号」の船舶登録を取り消した。かわりにIMOは、「新盛海号」の船舶登録情報を更新して、船名を「タレント・エース号」に改名した。

「新盛海号」改め「タレント・エース号」の運航会社としてIMOに登録されているのは、香港企業「Wooheng (Hongkong) Shipping社」(以下、「ウーヘン社」と略称)である。しかし、これはあくまでも実体のない「ペーパー企業」に過ぎない。実際にこの貨物船を運航しているのは、大連にある船舶運航会社「大連浩恒船務有限公司」(以下、「大連浩恒社」と略称)だ。大連浩恒社は自社のホームページで、この貨物船を「新盛海号」として宣伝している。

「大連浩恒社」はかねて北朝鮮との深いつながりで知られている。会社の取締役の一人が「王?」という中国人だ。国連専門家パネルの最新の報告書によると、王氏は「libertyshipping@163.com」というメールアドレスを用いているが、これは、前述の香港企業「リバティ社」のメールアドレスでもある。つまり「リバティ社」と「大連浩恒社」は、実体的には同一企業と考えられる。

 話がややこしくなったので、整理してみる。

 米政府が、「リバティ社」による「新盛海号」を用いた密輸事件を摘発した後、この船は「タレント・エース号」という全く別の船に成りすました。その際、表向きには、この貨物船の運航会社も「リバティ社」から「ウーヘン社」に変わった。しかし実際には、この貨物船の真の運航会社は一貫して「大連浩恒社」だった、というわけだ。「大連浩恒社」は、貨物船を「洗浄」して、あたかも真っ新な貨物船であるかのように偽装し、制裁逃れを図った悪質な企業である。

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■ 古川勝久氏 昭和41(1966)年生まれ。慶応大学経済学部卒、米ハーバード大ケネディ行政大学院修了、政策研究大学院大で博士号取得。2011~2016年に国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員を務める。著書『北朝鮮 核の資金源「国連捜査」秘録』(新潮社)で第17回新潮ドキュメント賞受賞。