雑誌正論掲載論文

平和ボケ国家からの脱却を アメリカが攻撃しない理由など初めからない

2017年09月05日 03:00

元自衛艦隊司令官 香田洋二 月刊正論10月号

 アメリカは本音では、北朝鮮を攻撃する気がないのではないか。北朝鮮の核武装と大陸間弾道ミサイル(ICBM)保有を「しぶしぶ」認めるのではないか。このような推測をする軍事や国際政治専門家が、ここにいたっても、多いように見受けられる。何が何でも戦争を避けたい反戦知識人にいたっては、愚かにも、それを喜んでいるようでもある。

 だが、はっきり言って、こうした観測はあまりに早計だったとしか言いようがない。八月十日にグァム島周辺海域に対する火星12号4発の発射を予告した北朝鮮に対して、アメリカのトランプ大統領は軍事攻撃を強く示唆し、重大な警告を発した。急にアメリカが本気になったかのような言説もする専門家やマスコミ人が増える一方、軍事攻撃を「思慮を欠いた荒業」と従来通り強く非難する人々もいる。いずれも認識不足である。

 なぜならば、アメリカは初めから北朝鮮の核武装と、米国本土へ届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)保有を絶対に許すつもりはなかったからだ。自国の安全が直接脅かされても敵地攻撃すらできない日本とは違う。北朝鮮が核ミサイルを保有するのであれば、時機が来れば、何の前触れもなく、静かに、しかし電撃的に北朝鮮に対する攻撃を始める。ただ、その時機を待っていただけである。

 ではなぜ、アメリカは動かなかったのか。たしかにアメリカは四月に北朝鮮近海に空母を派遣して軍事力を誇示した後も攻撃を始めず、中国に北朝鮮の態度を変えさせることを優先してきた。北がミサイル発射で挑発を繰り返しても動かず、非軍事手段での解決を探り、マティス国防長官は軍事行動について「信じられない規模での悲劇が起きる」とすら発言した。

 八月の初め、トランプ大統領が「北朝鮮がICBMによる米への攻撃を目指し続けるのであれば、米国と北朝鮮の間の戦争は避けられない」と語り、緊張が高まったが、すぐにティラーソン国務長官が記者会見で「米国は北朝鮮の敵でも脅威でもない」と、火消しに走った。国内政治でも、トランプ政権は今もロシアゲートや人事の深刻な混乱の最中で、攻撃どころではないとする見方もあった。

 だからといって「北朝鮮攻撃はない」と高をくくるのは、大きな誤りであった。アメリカは四月よりもかなり前から北朝鮮への攻撃意思を明確に示していたからだ。今春、突然危機が近づいたと一般的に認識されているようだが、それ自体が誤りで、今の危機は昨年秋に、すでに始まっていたのである。その後の米国の動きは、攻撃準備完了に至る一過程に過ぎない。

 それは、昨年からの米軍の動きをみれば、はっきりと分かる。

 例えば米軍は十月、ネバダ州で核爆弾投下訓練を行い、その事実と写真を公開した。この種の訓練は非公表で行われるものなのに、なぜ公表したのか。「アメリカは核を使うことも辞さない」という、北朝鮮に対するメッセージだったとしか考えられない。北朝鮮は昨年九月には、五回目の核実験とICBM用新型ロケット・エンジンの実験に成功しているが、核爆弾の投下訓練は、その直後に行われており、それは行動による米国の強力な意思表示であった。

 振り返れば、国際社会は、一九九四年の北朝鮮のIAEA脱退以後、二十三年間にわたって核開発放棄のための有効な策をとれず、実質的に追認してきた。中国、ロシア、韓国、日本も含めた六カ国協議や国連経済制裁などで核開発の放棄を促したものの、主役のクリントン政権、ブッシュ政権、オバマ政権のいずれも、軍事攻撃で強制的に開発を中止させることを避けた。北朝鮮は米国の弱腰を見透かし、高笑いしながら長期間にわたり開発を続けてきた。

 しかし、北朝鮮が二〇一六年に二回の核実験を行い、ミサイル発射を繰り返したことで、アメリカは明確にそれまでの姿勢を変えた。

 その証拠に、米軍は、アメリカ本土から北朝鮮を射程に収めるICBMミニットマンⅢの発射実験を昨年から今年にかけて五回以上実施している。ミニットマンⅢは、射距離一万キロの弾着精度が約八〇メートルといわれており、必要な場合には、核弾頭により北朝鮮の地下基地も容易に、破壊することができる。その威力は通常弾頭地中貫通型爆弾バンカーバスターを遙かに上回ることは当然である。

 発射実験は普通、性能や作動確認及び練度維持のため年に一回程度しか実施しないもので、このタイミングの連続発射は北朝鮮の核ミサイル開発阻止のためには核の使用も辞さないという毅然とした意思表示であることは明白である。

 また、先に述べた、投下訓練を公表した核爆弾も地中貫通型であり、これを裏付けている。

 北朝鮮が米国本土に届くICBMを手にするのは確実で、核弾頭の開発も最終段階にある。

 辻元清美氏ではないが、今年に入ってからミサイル発射の総合商社ではないかというぐらい多種のミサイルを連射したが、中でも米国直接攻撃可能な弾道ミサイル火星12号と火星14号が、通常より高い角度で打ち上げて射距離を抑えた「ロフテッド軌道」で発射されたことは、核弾頭開発が最終段階にあることを強く示唆する。

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■ 香田洋二氏 昭和24(1949)年生まれ。防衛大学校卒、海上自衛隊入隊。自衛艦隊司令官などを務め退官。内閣官房国家安全保障局顧問会議メンバーなど歴任。