雑誌正論掲載論文

北朝鮮〝炎上〟 再び始まった「大国の興亡」 アメリカは目覚めたのか

2017年05月15日 03:00

産経新聞特別記者 湯浅博 月刊正論6月号

 それは、東アジアに緊張がピーンと張り詰めた「第2のキューバ危機」のように思えた。北朝鮮の核実験とミサイル発射に備え、米軍が朝鮮半島の海と空で攻撃態勢をとっている。それは1962年10月、ソ連によるキューバへのミサイル搬入をめぐる米ソ核戦争の危機ほどではないとしても、一歩まちがうと悲惨な戦禍は周辺に拡大する。金正恩朝鮮労働党委員長による核・ミサイル攻撃の脅しに、トランプ政権が選択した「瀬戸際政策」というべきか。オバマ前政権が「戦略的忍耐」を名目に、北の核開発を放置してきたツケである。

 トランプ政権は事前に、米原子力空母カール・ビンソンが主力の空母打撃群をシンガポールから反転させ、朝鮮半島の近海に向かわせた。通過ルートは、南シナ海で中国が不法に人工島をつくるパラセル諸島とスプラトリー諸島の間であり、カール・ビンソンはこれら人工島にある軍事施設を睥睨するように抜けていく。さらに、訪日したペンス副大統領は横須賀を母港とする空母ロナルド・レーガンの艦上に降り立ち、乗組員との一体感を高めた。東京、ソウルをはじめ10日間のアジア歴訪で、外交・軍事の両面から北朝鮮と後ろ盾の中国に、北を封じ込める決意を示したのだ。

 キューバ危機の13日間を描いた映画『13デイズ』では、物語の後半で大統領補佐官を演じるケビン・コスナーが米ソ全面戦争を回避する秘密交渉に立ち会い、帰宅後に妻と語り合う場面がある。妻から心配そうに「どうなるの?」と尋ねられたコスナーがこう答える。

「明日、太陽が昇ったら、それは善意の人々のおかげだ」

 翌朝、ミサイルを運ぶソ連船団が引き返して危機は去った。あのとき、米国人はケネディ大統領、フルシチョフ首相とともに、米ソ核戦争の恐怖の深淵を覗いたのである。しかし、朝鮮半島の危機は、金正恩委員長が核開発の意思を捨て去らない限り終わることはない。米本土に届く核弾頭搭載の大陸間弾道ミサイル(ICBM)が数年のうちにできると予想されており、本格的な危機は始まったばかりである。

 トランプ政権が軍事力を抑制する前政権の「オバマ・ドクトリン」を放逐したのは、米国が決してそれを許さないとの決意の表明であろう。これまでの軍事的な不介入政策を打ち捨て「大国の興亡」の最前線に戻ってきたかのようだ。この場合の大国とは、北朝鮮の後ろ盾である中国と、シリアのパトロンであるロシアである。オバマ前政権のように西太平洋を眺めるだけの「ルック・ウエスト」では無頼国家の野心を止められず、シリア攻撃で見せた恐怖を伴う「アクト」がなければ効き目などあるはずもない。

 これより前、トランプ政権は朝鮮半島から7500キロ以上離れた地中海に展開中の米海軍が、シリアの反政府支配地域に化学兵器を使った政権軍に、巡航ミサイルによる限定攻撃に踏み切っている。それはシリアとロシアへの警告であると同時に、実は北朝鮮と中国に対しての警告でもあった。あの「アメリカ第一主義」を掲げた内向きのトランプ政権が、突然、覚醒したかのようだ。孤立主義どころか外交方針を180度転換させ、強い米国をよみがえらせたのである。国際社会から撤退するのではなく、むしろ、そこに打って出る兆しである。

 シリアのアサド政権は2013年にも、自国民に毒ガスなど化学兵器を使ったことがあった。このときのオバマ大統領は、越えてはならないレッドラインとして「シリアが反政府勢力に化学兵器を使えば、武力行使に踏み切る」と強く警告した。しかし、アサド政権の後ろ盾であるプーチン大統領の「化学兵器の国際管理で」という甘言に乗せられ、米国はあっさり引き下がってしまった。

 超大国がレッドラインを引いてコブシを上げた以上、実際に軍事行動を起こさなければ米国の威信は急落せざるを得ない。米国への畏怖がなくなると、無頼国家のシリアや強権国家のロシアは、「米国本土以外なら報復行動はない」と受け取った。残忍なアサド政権はそれ以降、「化学兵器は使わない」と恭順の意を示すふりをして、戦車、航空機を動員して反政府勢力を殺戮し、やがてロシアの空爆支援に道を開いた。

 東アジアと無縁に見える遠い中東のシリアだが、実は国際政治の現実は、アジアにもそのまま投射されるのである。米国の「指導力低下」が、日本が東シナ海で対峙する中国の海洋進出にも拍車をかけたことは、我々が一番よく知っている。オバマ政権は中国が南シナ海を独り占めしようとする係争海域について、ベトナム、フィリピンなど沿岸国に対して、領有権問題は交渉を通してそれぞれが解決すべきだと、いわずもがなのことを言った。言えば米国による対中抑止のタガが外れてしまうではないか。案の定、「オバマ弱し」とみた中国が、8つの人工島を造成して軍事基地化したのはそれから間もなくであった。

 米国の弱さの露呈は、中国とロシアの強権国家に「力による現状変更」の余地を与え、悪くすると戦争を誘引することになる。事実、中国はその巨大化した経済力と軍事力をもって、海洋アジアの覇権国である米国に挑戦を始めたのである。

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■ 湯浅博氏 昭和23(1948)年生まれ。中央大学法学部卒業。プリンストン大学Mid-career program 修了。産経新聞ワシントン支局長などを歴任。近著に『全体主義と闘った男 河合栄治郎』。