雑誌正論掲載論文

正論コロシアム 激突対談② 護憲か、改憲か

2017年05月05日 03:00

元内閣官房副長官補 柳澤協二 / 評論家 潮匡人 月刊正論6月号

 ――柳澤先生と潮先生は防衛庁広報課時代の上司と部下の関係とお聞きしました。元キャリア官僚と現場の元幹部自衛官という立場の違いはあるでしょうが、同じ元自衛隊員として認識や危機感は共有されているのではないでしょうか。しかし、憲法についてはいわゆる護憲派と改憲派と立場を異にされています。まずは憲法9条について、最近の国内外の情勢なども踏まえてお二人のお考えをお聞かせください。

 潮 数年前の『正論』のアンケートに対して私は「憲法改正は9条の正面突破で解決していくべきだ」と答えております。当時は改憲派の中で緊急事態条項の新設が注目されていましたが、私は「本丸」から攻めるべきだと考えました。そしてそこに明記すべき名称は「皇軍」であり、最低でも自民党憲法改正草案と同じ「国防軍」。9条には「陸海空軍その他の戦力は、これは保持しない」と書いてありますので、きちんと戦力を憲法に位置付けるべきだという立場を表明しました。その後、本誌が9条改正派と緊急事態条項新設派による座談会を開きました。その場で私は、悪く言えば名称に関しては現状追認になるかもしれませんが、「自衛隊」を憲法に明記するラインで保守派が合意すべきだと主張しました。そして、護憲派の方々にも「名称が『自衛隊』でも駄目なの?」と、正面から戦いを挑むべきだということを申し上げました。

 護憲派に聞きたいのは「あなたが守りたいものはなんですか?」「それは9条ですか?」「その表現を一言一句変えてはいけないということですか?」ということです。今や自衛隊に反対する国民はほとんどいないし、日本共産党ですら「直ちに自衛隊解体だ」とまでは言わなくなった。誰がどう見ても9条の条文と自衛隊の存在は乖離している以上、9条から目を背けるのは「ごまかし」ではないのか、ということを護憲派の方々にぶつけたいのです。柳澤さんは私よりは護憲派に近いスタンスですが、かみ合う部分は必ずあるというのが私の思いです。

 柳澤 原理主義的な護憲派は「9条からは自衛隊の存在も読みとれない。読みとれない以上は違憲だ」と主張しますが、私は防衛官僚を長くやってきて、自衛隊が存在し、9割を超える国民が支持をしてくれているという現実を知っています。そこをまず指摘しておきます。

 その上で「護憲派なのか?」と聞かれれば、私は「まあ護憲派でしょう」と答えます。それは、9条の精神にのっとった「専守防衛」の枠を守るという意味での護憲ですね。私が務めていた期間は文字通り「専守防衛の自衛隊」でした。

 ですから、「専守防衛の自衛隊をちゃんと憲法に位置付けよう」という趣旨である限り、私は「自衛隊の明記」には特段反対ではありません。ただ、本格的に条文を変えるとすれば、その文言はまさに潮さんが言われた「何を守りたいのか」「どのように守りたいのか」ということが決まった後にまとめるものではないでしょうか。

 防衛政策で私が問題視しているのは政府の「無責任さ」と「ごまかし」です。これは安保法制が注目され始めた時から主張してきたことですが、PKO(国連平和維持活動)の「駆け付け警護」を任される自衛隊は軍隊ではありませんので、警察官職務執行法と同じ規定で、つまり、個人の武器使用権限であの任務をやらなければいけない。何か起きた時の法的責任は隊員個人が負わされます。本当に国がそのような任務をやらせたいのであれば、まさに正面突破で憲法を変えなければならないのにそれをしない。また、襲われている人を自衛隊が助ける際は危険が伴うにも関わらず、政府側は「危険は増えない」と答弁しており、これはごまかしです。

 今度、南スーダンに派遣されている陸自が撤収します。無事に全員帰って来てもらいたいけれど、「無事だったから良かった」では終わらせずに、むしろ政治の役割というのは「なんのためにその危険をおかさなければいけないのか」ということ、すなわち命を懸けることの意義を示していくことではないでしょうか。そのことが国民に支持されるか否かがポイントだろうと思っているんですね。

続きは正論6月号でお読みください

■ 柳澤協二氏 昭和21(1946)年生まれ。東京大学法学部卒。旧防衛庁で運用局長、防衛研究所長などを歴任。平成16年から21年まで内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)を務めた。「自衛隊の転機 政治と軍事の矛盾を問う」(NHK出版新書)「亡国の集団的自衛権」(集英社新書)など著書多数。 

■ 潮匡人氏 昭和35(1960)年生まれ。早稲田大法学部卒。旧防衛庁・航空自衛隊に入隊。長官官房などを経て、3等空佐で退官。帝京大准教授、拓殖大学客員教授など歴任。「安全保障は感情で動く」(文春新書、5月刊)「日本の政治報道はなぜ『嘘八百』なのか」(PHP新書)など著書多数。